セルタ・デ・ビーゴとの出会い
改めて自己紹介しておこうと思います。
スペイン語圏では「チェマ」と名乗っている者です。
スペイン・ガリシア州の町、ビーゴをホームタウンにしているセルタ・デ・ビーゴというチームを22年間追い続けています。
セルタは90年を超えるクラブの歴史の中で一度も優勝経験がありません。リーグ優勝はおろか、コパ・デル・レイでの優勝も経験していません。最後に優勝をかけて行った試合は2000−2001シーズンのコパ・デル・レイ決勝。この決勝でサラゴサに3−1で敗れて以降、セルタは「優勝」というものを賭けて試合に望んだことはただの一度もありません。
皆さんはスペインリーグ「ラ・リーガ・サンタンデール」と聞いてどんなクラブを思い浮かべますか?
FCバルセローナ。レアル・マドリー。アトレティコ・マドリー。バレンシア。セビージャ。ベティス。
多くのサッカーファンが思い浮かべるのはこれら4クラブではないでしょうか。
中にはアトレティック・ビルバオやレアル・ソシエダ。日本代表MF乾貴士や柴崎岳の影響でエイバルやヘタフェを思い浮かべる人もいるかもしれません。
日本でJ3やJFL、そして地域リーグのクラブがあるように、スペインの地方都市にもそれぞれの町にサッカークラブがあります。
ビッグクラブの巨額の移籍やチャンピオンズリーグにおける栄光を楽しむファンだけではなく、地元クラブの一挙手一投足を人生を通じて追い続けるファンが確かに存在します。
セルタは1998−1999シーズン、ビクトル・フェルナンデス監督の就任と共に大変革を成し遂げました。
故ヨハン・クライフはこのシーズンのセルタを評して「現在のヨーロッパで最も魅力的なサッカーをするチーム」と発言。その言葉を裏付けるかのようにUEFAカップではイングランドのアストン・ヴィラやリヴァプールを相手に勝ち進むなど快進撃を見せ、ラ・リーガでも一時期2位につけるなど劇的な変化を見せたのです。
しかし2003−2004シーズンにチャンピオンズリーグへ初出場したにもかかわらずリーグ戦を19位で終え、セグンダAに降格。1年でプリメーラ・ディビシオンへ復帰するものの、2006−2007シーズンには再びセグンダAに降格し5年間をセグンダAで過ごします。
2012−2013シーズン以降は再びプリメーラでプレーしていますが、財政的な問題もありビッグクラブのように国内外から有名選手を獲得するような余裕はありません。プリメーラに残れば及第点。優勝争いをするようなことがあれば驚天動地の大健闘。
そういうクラブがセルタ・デ・ビーゴというクラブです。
「なぜセルタをそこまで追うことができるのか」
という質問をされたこともあります。
有名選手はいない。優勝経験もない。いつセグンダAに落ちるかわからない。何が面白いのか?と。しかも僕はスペイン人ではありませんし、ビーゴ出身の親戚がいるわけでもありません。
日本でも大して有名じゃないスペインの一地方都市のクラブを応援する僕が不思議に見えたんでしょうね。
僕がセルタを追いかけてビーゴまで行くことになったきっかけの1つが1997−1998シーズン、レアル・マドリー相手にロシア代表アレクサンデル・モストヴォイが決めた1つのゴールでした。
このゴールをきっけかに僕はセルタを追いかけ始め、気がつくといつの間にかレアル・マドリーもバルサもどうでも良くなっていました。
スペイン語を勉強し始めスペインに行き、実際にビーゴを訪れホームスタジアムであるバライードスへ辿り着いた時の感動を、僕は今でも忘れることができません。
スペインに渡り留学生活を送り始めてからもセルタを追いかける生活は続きました。アウェーのサラゴサ。バルセローナ。マドリー。バジャドリー。そして天敵デポルティーボの本拠地ラ・コルーニャ。時に負け、時に引き分け、ろくでもない試合を何度見せられることになってもバライードスへ向かう気持ちが揺らいだことは一瞬たりともありません。
「なぜそんなにセルタが好きなのか」
と聞かれても、実は困るんです。
きっかけや理由は考えれば確かに思いつきます。でも、これはもはや理屈ではないんです。朝ニュースを見たり、夜ベッドで寝ることと同じように、僕にとってはセルタを追いかけることが生活の一部であり人生の一部なんです。
同じような感覚でセルタを追いかける日本人がどれくらいいるのかはわかりませんが、もしいるのだとしたら多分僕の言いたいことがわかってもらえるんじゃないかと思います。
でもこの感覚が僕だけのものでないことはハッキリしています。この記事で紹介するビデオは日本のセルタファンの人達には是非見て欲しい内容です。
セルタ・デ・ビーゴのファンであるということ
スペイン人のYouTuberにロドリゴ・ファエスという人がいます。
ラ・リーガ第29節ビジャレアル戦でイアゴ・アスパスが復帰してからの驚異的なセルタの復活劇を見たファエス氏は、第36節のバルサ戦に合わせてビーゴを訪問。
ファエス氏がバルサ戦の取材をしようと決めたのは第29節ビジャレアル戦後半以降のセルタの戦いぶり。そしてスタンドを埋めたファン達の反応を見たからだといいます。
「確かにセルタは日程などにも恵まれていけれど、スペインのほとんどの人達はセルタはこのまま降格すると思っていた。ところがビジャレアル戦の後半にイアゴ・アスパスがピッチに登場すると、それまでとは全く違うチームのような戦い方を始めて結局逆転したんだ」
ファエス氏はさらに、バルサ戦の中継のためにバライードスを訪れていたラジオ局Candena COPEのサンティ・ペオン氏に話を聞きます。
「ハーフタイムの時点でスタンドもチームも葬式みたいな雰囲気だったよ。ところがその後に結婚式か天国にいるような雰囲気に突然変わったんだ」
ペオン氏が言う「結婚式か天国にいるような」雰囲気というのはアスパスが復帰し、逆転勝利を成し遂げたことを指しています。
「そこからチームはフェニックスみたいに突然復活して、スタンドの雰囲気も全く異なるものになった。まさにバライードスの主という感じになったね」
とペオン氏は続けます。
ペオン氏の言う通り、この第29節ビジャレアル戦での勝利。もっと正確に言うとアスパスが復帰した瞬間以降からセルタは驚異的な粘りを見せ降格圏を脱出。プリメーラ残留に手が届くところまで持ち直します。
この一連の流れをファエス氏は
「これが本物の”レコンキスタ”だね」
とコメントします。
レコンキスタとは中世イベリア半島で起きたイスラム教徒勢力に対するキリスト教徒の国土回復運動のことで、セルタは降格を回避しプリメーラに残留することをこのレコンキスタになぞらえスローガンを発表します。
A NOSA RECONQUISTA
ガリシア語で「これが我々のレコンキスタだ」と記されたそのスローガンは、つまり「プリメーラにいること」がセルタにとってあるべき姿であり、セグンダAへの降格圏という場所から「失った場所」であるプリメーラ残留圏内を取り戻す、という意思のあらわれでした。
しかし、今でこそこのようなスローガンをクラブが作りファンと共有する活動が行われていますが、以前のセルタにはこのような活動はありませんでした。
2003−2004シーズンに降格が決まった時、バライードスのスタンドからは徐々にファンが消え、クラブもファンに戻ってきてもらうための活動を全く行いませんでした。
多くのファンが1998年から続いたわずか5年間の「輝ける時」が終わったことを悟り、スタジアムとクラブから距離を置き始めたのです。
ところが2018−2019シーズンは同じ状況でも全く異なる反応をファンが見せることになりました。
ファエス氏が
「信じられないことにここ最近で有名になったファンの出迎えは最高の雰囲気を醸し出している。発煙筒を炊き、大声で歌いながらチームバスを叩いて選手を鼓舞する。これを見たらセルタは残留すべきだって言わざるを得ないね!」
と驚くほど、多くのファンが降格圏からクラブを救い出すための一助になるためバライードスに集結しているのです。それも、試合開始の何時間も前から。
1人のファンが語ります。
「これだけ多くのファンが試合開始3時間も前からここに来てるんだ。全てクラブを応援するためさ。選手を焚き付けて試合に勝ち、残留するためにね!」
調子のいい時期や時代にはどこのクラブでもファンが集まりますが、いざ勝てなくなり降格などが見えてくると離れていくファンは必ずいます。
それはそれぞれの価値観によるものなので決して良い悪い、正しいか間違っているかで語れるものではありません。
しかし、チームが苦しい時に集まり大声で励ましてくれるファンの存在はとても重要です。ガラガラのスタンドを横目にプレーして闘志が湧き上がる選手がどれほどいるのでしょうか?何か別の目的があるか、もしくは気にしないか。そうとでも思わなければ理解が難しいと僕は思っています。
加えてここ数ヶ月の間、ファン達は必ず試合前に集まり選手を乗せたチームバスをチームカラーである「空色」の発煙筒を炊いて迎えるようになっていました。
僕はいまだかつて一度たりとも地元ファンのこんな姿を見たことがありません。客観的に見てもこんな雰囲気を作れるファンとチームが降格するのはもったいないと言ってもいいと思います。
ファエス氏がコメントを求めた数人ファンは口々に言います。
「説明するのが難しいよ。セルタのファンであることは人生の一部だし、一種の”情熱”なんだ。でも他のクラブのファンだって似たような感情を持っているんじゃないかな?」
確かにその通り。恐らくどの町のどのクラブのファンでも同じことを言うでしょうねw
「セルタもファンも感情的なんだ。確かに今の状況は厳しいけど、でも降格圏から抜け出すためにチームもファンも一生懸命頑張ってると思うよ」
今シーズンはいろいろな意味で感情的になる場面が多いのは確かです。
「セルタは僕らにとって人生の一部なんだ。説明するのが難しいけど、バルサやマドリーのファンが持っているような感情とは違うし、多分彼らには僕らが感じている気持ちを持つことはできないだろうね」
間違いありません。いいか悪いかはともかく、ビッグクラブとは違った情熱で囲まれているのは確かです。
「私が何歳だと思う?72歳よ、72歳!セルタは最高よ!素晴らしいわ。絶対に残留するわ。残留するに決まってるじゃない!今日は私達が勝つの。私達のイアギーニョ(アスパスのこと)、チャンピオンの彼がやってくれるわ。イアゴこそ銅像にふさわしい子よ!」
72歳のおばあちゃんがここまで熱狂的になれるのが素晴らしいです。
「生きるってことなんだよ!これは生きてるってことなんだ!ビーゴのために生き、セルタのために生き、そしてイアゴ・アスパスのために生きるんだ!いいか、間違いなく彼がナンバーワンだ!断言する!」
何を言っているのかよくわかりませんが、とにかくセルタとアスパスが好きだという気持ちは伝わってきます。
ファエス氏はこれらのファンと語り、その言葉を聞き、バライードスを取り巻く雰囲気を見た後でこうコメントします。
「これは最高だよ。この雰囲気は最高だ。報われるべき人達だと思うね。もし誰もセルタを救わないとしても、僕はセルタを救うよ」
「AFOUTEZA」とは?
最後に出場した2016−2017シーズンのヨーロッパリーグの最中にクラブが作ったスローガンに「AFOUTEZA」という言葉があります。
このAFOUTEZAという単語、実はスペイン語にもガリシア語の辞書にものっていない造語です。
ファエス氏はこのAFOUTEZAの意味は何なのかをファンに尋ねた結果、「厚かましさ」「小粋な」という意味のスペイン語と「誇り」を表すガリシア語との掛け合わせで作られた言葉だと知り、「いいね、気に入ったよ」とコメントします。
ファンの答えも次のようなものでした。
「セルタは感情のチームなんだ。AFOUTEZAと魂の象徴なんだよ」
「セルタはAFOUTEZAなんだ。他に言い表しようがないよ。他の言葉では伝えられない種類のものなんだ」
2000年代初頭、過ぎ去った「輝ける時代」を目の前で見ていた身としては、今のファン達がこんな感情を持っている事自体が驚きです。
そしてファンがここまでの気持ちを持つようになるまで、クラブがどれほどの試行錯誤を繰り返し努力を積み重ねてきたのかを思うと、胸が熱くなるのです。
セルタは確かに今シーズン残留を決めました。
しかし来シーズンはどうなるか誰にもわかりません。
ただしこのビデオを見て思うのは、恐らくセルタがセグンダAに降格する日がまた再びやってきたとしても、今と同じ活動をクラブが続けファンの気持ちに火を付けられるようなプレーを選手達が続けている限り、セルタはこの先も大丈夫だろうということです。
ビデオの最後でいみじくもファエス氏は言います。
「ついさっきまで目にしたものに興奮が止まらないよ。とんでもない出迎えだし、とんでもなく色づいていた。そしてとんでもないファン達だ。どの年代のファン達も1つの目的のためだけに集まってるんだよ?つまり、”彼らのセルタ”を応援するためだ」