先日、僕はTwitterでこんな投稿をしました。
スペイン人の名前で最も多いと言われている「ホセ」ですが、あだ名・相性は「ぺぺ」です。スペイン人GKのレイナがペペ・レイナと呼ばれるのはこれが理由。
なお、ぺぺは「Pepe」と書くわけですが、なぜホセがぺぺになったのか?と思った方もいることでしょう。
理由を書くつもりでしたが、字数がたりな— チェマ / Chema @兼業ライター&スペイン語通訳・翻訳 / Sempre Celta (@Ichikara_Prog) September 26, 2020
何気なくつぶやいたこの投稿ですが、意外なことにかなりの反応を頂けたので今回はスペイン人の名前についてブログを書いてみようと思います。
「ぺぺ」や「パコ」は本名?
スペイン人の名前には似たような名前が多いと思ったことはないでしょうか?
ホセやホルヘ、フェルナンドやフランシスコ。
そしてスペインのプロサッカーリーグである「ラ・リーガ・サンタンデール」を見ている方の中にはそうしたスペイン人選手の名前の中に、さらに共通する呼び名や登録名があることに気づいている方も多いと思います。
それが
- ぺぺ
- パコ
などの「愛称」です。
ぺぺはどうしてぺぺなのか?
スペイン人男性の名前で最も多いと言われているのは「José=ホセ」ですが、このホセのあだ名・愛称が「Pepe=ぺぺ」です。ちなみにスペイン語圏における女性の名前で最も多いと言われているのは「María=マリーア」です。
2010年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会で初優勝をを飾ったスペイン代表にも参加し、チームのムードメーカーとして絶大な存在感を誇った選手がいます。
それがGKのホセ・マヌエル・レイナです。
バルセローナでプロデビューしたレイナは、当時非常に不安定な選手だったため最終的にビジャレアルへ移籍します。すると当時ビジャレアルの正GKだったロペス・バジェーホからレギュラーを奪い、ビジャレアルの正GKとして信頼を勝ち取ることに成功しました。
リヴァプールで指揮を執ることになった、ラファエル・ベニテスによってプレミア・リーグへ挑戦したレイナは、移籍先のリヴァプールでも主力として活躍。この頃から次第に「ペペ・レイナ」と呼ばれることが増えてきます。
「ぺぺ」は「Pepe」と書くわけですが、なぜ「José=ホセ」が「Pepe=ぺぺ」になったのか?と思った方もいることでしょう。
これにはスペイン語とキリスト教、そして世界史の知識が関わってきます。
ホセがぺぺである理由
「ぺぺ」という名前が生まれたルーツは西暦紀元となる、いわゆる「西暦元年」まで遡ります。
現在の西暦が誕生するきっかけとなったイエス・キリスト。その父であるヨセフは、実際にはイエスにとって生物学上の父親ではありませんでした。なぜならイエスの母である聖母マリアは処女懐胎しており、これに基づけばヨセフはイエスの父たり得ないことになるためです。
そのため、ヨセフはイエスの「養父」であると位置付けられています。
ここで「ヨセフ」という名前について考えてみましょう。「Josef」と書くこのヘブライ語の名前は標準スペイン語であるカステジャーノでは「José」と書かれます。そして「José=Josef=ヨセフ」はキリストの「養父」であると考えられてきました。勘の良い方ならお気づきかもしれません。
「養父」のことをスペイン語では「Padre Putativo=パドレ・プタティーボ」と言います。
この言葉の頭文字は「PP」です。アルファベット「P」のことをスペイン語では「ペ」と読みます。
つまり、「ホセ=ヨセフ=Padre Putativo=PP=ぺぺ」というように、「ヨセフ」という名前のスペイン語訳「ホセ」が連想ゲーム的にぺぺになったというのが通説となっています。
ちなみにスペイン語のJoséはガリシア語だとXosé(ショセ)。カタルーニャ語だとJosep(ジュセップ)。イタリア語ではGiuseppe(ジュゼッペ)。ポルトガル語ではJosé(ジョゼ)です。 バスク語ではJoseba(ヨセバ)だと言われますが、この点は言語学的観点から定かではありません。
ホセがぺぺであるように、ジュセップはペップ。ショセもぺぺ。そしてジュゼッペはベッペ。ジョゼもおそらくぺぺでしょう。サッカー界でも聞いたことのある名前が並んでいるのがわかると思います。
昔はジュセップ・グァルディオーラの愛称である「ペップ」を「べ」ップと間違えている事例が雑誌ですら見られましたが、語学的観点で調べると間違えるはずはないことがわかると思います。なおイタリア語でも養父=Padre Putativoなのですが、なぜ「ベ」ッペなのかについては、僕がイタリア語の専門でないのでわかりません。あしからず。
パコはどうしてパコなのか?
もう一つ、ラ・リーガのファンにとってはお馴染みの名前があります。
それが「パコ」です。
2020−2021シーズンからビジャレアルに加入し、日本代表FW久保建英の同僚にもなった元スペイン代表FWパコ・アルカセルや、かつてエスパニョールの監督を努めたパコ・フローレス。
2020年現在ラージョ・バジェカーノの監督を努めているパコ・ヘメスや、バレンシアファンにはお馴染みのパコ・カマラサなども「パコ」と呼ばれています。
この「パコ」というのも実は「フランシスコ」という名前の愛称です。フランシスコとパコ。「コ」以外なんの共通項もなく、字数も全く異なるこの愛称は一体どうして生まれたのでしょうか?
フランシスコがパコである理由
予想がついている方もいるでしょうが、パコの由来にもスペイン語とキリスト教、そして世界史の知識が関わってきます。
「フランシスコ」という名前を聞いて、世界史の授業を覚えている方なら聞き覚えがあったり、海外旅行が好きだったりすれば何か思い当たることはないでしょうか。
そう。
- 聖フランシスコ
- フランシスコ会
- フランシスコ・ザビエル
- サンフランシスコ
キリスト教の聖人たるフランシスコ。その聖フランシスコが設立した「フランシスコ会」。日本にキリスト教を伝えたと言われているフランシスコ・ザビエル。さらにはアメリカ西海岸の都市サンフランシスコなどを思い出す方もいるでしょう。
ちなみにフランシスコ・ザビエルの本名はフランシスコ・デ・シャビエル、もしくはフランシスコ・デ・ヤッソ・イ・アスピリクエタといい、旧ナバーラ王国の都市で現代まで続くシャビエル(ハビエル)という町の出身であるバスク人だと言われています。ラ・リーガのオサスーナが本拠地としているパンプローナから南東へ車で1時間ほどの距離にあります。
話がそれました。
キリスト教。この場合「カトリックの」聖人として知られる聖フランシスコは本来イタリア人で、イタリア語では「フランチェスコ・ダッシジ(=アッシジのフランチェスコ)」と呼ばれています。本来のイタリアにおける本名についてはここでは割愛します。
フランチェスコは病人への奉仕や聖堂の修復などを率先して行い、またその行為に対する報酬を受け取ろうとはしなかったということで知られています。最終的には自然発生的にフランチェスコへ付き従う賛同者が増え、ついにはフランシスコ会が出来上がり、当時のカトリック枢機卿達からも「仮認可」を得るまでになった、ということが知られています。この点は今回の主題ではないので、究極までに省略しています。
さて。
イタリア語の「フランチェスコ」という名前は、標準スペイン語であるカステジャーノにおいては「フランシスコ」という名前になります。
ではスペインにおいてフランシスコと呼ばれるアッシジのフランチェスコは何を成したでしょうか?「仮認可」とは言え、福音書に書かれた生活を忠実に守るための集団あるいは教団をまとめ上げる形となり、一種のコミュニティーを生み出し、最終的にはカトリックにおける聖人まで昇華しました。
つまり”フランシスコ会”という「コミュニティーを生み出した父」となったわけです。
この「コミュニティの父」のことをラテン語では「Pater Comunitatis 」といい、スペイン語では「Padre de la Comunidad=パドレ・デ・ラ・コムニダー」といいます。この言葉の頭文字を見てみましょう。
- 「PA」ter 「CO」munitatis
- 「PA」dre de la 「CO」munidad
双方ともに頭文字は「PA」「CO」となっています。
これこそフランシスコが「Paco=パコ」という愛称で呼ばれる理由なのです。
スペイン人の名前、みんな似過ぎじゃない?
スペインに行ってみると驚くほど同じような名前が多いことに気が付きます。
暮らしてみて知り合う人数が増えてくると、本当に同じような名前が多いことに驚くばかりです。ホセ、ホルヘ、フランシスコ、フェルナンド、マヌエル、ミゲル、アンヘル等々。
以前書いたブログ「スペイン人&スペイン語圏の姓名に関するルール」でも書いたような名字のルールなども相まって、スペイン人の名前はどれもこれも似ている上に長く感じる方も多いでしょう。
スペインは世界でも指折り数えられるレベルで敬虔なカトリックの国であることが知られています。
そのため、スペイン人の名前は伝統的にカトリックの聖人にちなんだものが選ばれることが多い、という文化的な側面があります。
既に述べたようにホセはイエスの養父ヨセフにちなんだもの。マリーアは言うまでもなく聖母マリアにちなんだもの。アンヘルはそのまま「天使」ですし、フランシスコも聖人の名前です。
全員が全員ではありませんが、スペイン人やスペイン語圏の国で暮らす多くの人はいわゆる「ファーストネーム」と「セカンドネーム」を持っています。スペイン人の場合は特にセカンドネームを洗礼名として、カトリック聖人の名前を付けることが多く、それが理由で比較的似通った名前になることが多いのです。
「マリーア」は女性の名前ではないのか?という疑問
ここまで読んでくださったサッカーファン、特にラ・リーガのファンの方であれば、「おや?」と思った方がいるはずです。
「マリーア」。聖母マリアにちなだ、スペイン語で最も多いと言われている女性の名です。
引退して数年が経過し、もはや監督としてのキャリアすらスタートさせた元名選手がいますね。ホセ・マリーア・グティエレス・エルナンデス。
通称「グティ」と呼ばれていた元レアル・マドリーの選手です。紛うことなき男性であるグティの本名は「ホセ・マリーア」。スペイン語男性名で最も多く、スペイン語女性名で最も多い2つの名前を組み合わせた彼の名前ですが、男性の彼がなぜ「マリーア」なのでしょうか?
実は「カトリック聖人は”聖人”であり、男性も女性もない中性的な存在である」とする概念が存在します。そのため、セカンドネームとして使われる「洗礼名」には男女の区別なく名前が使われるという事実が存在します。
そのため、女性の場合でもマリーア・ホセ・ガルシアという著名な女性ジャーナリストを始めとしてセカンドネームに「ホセ」という男性のファーストネームにも使われる名前を持つ人物が存在するのです。
スペイン人の間ではどうやって名前を区別しているのか?
スペイン人の間でもファーストネームとセカンドネームが丸かぶりになることが多いというのは認識されていて、時々それをネタにしたジョークなども語られます。
ホセ・マリーアやホセ・マヌエル。フアン・フェルナンドやホセ・フランシスコ、それにミゲル・アンヘルなど、おそらくスペインの町中で叫んだら数十人レベルで振り返るほどの人数がいるでしょう。
しかしそうなると彼らは一体どのようにそれぞれを区別しているのでしょうか。単にホセやフランシスコなら「ぺぺ」や「パコ」でいいはずですが、それだけではわからないケースも出てきます。
そこで単に略す方法が取られます。
例えば、2019年途中までJリーグのヴィッセル神戸で監督を務めていたフアンマ・リージョ。
彼は「フアンマ」という名前ではありません。本名はフアン・マヌエル・リージョ・ディエス。大仰にフアン・マヌエル・”フアンマ”・リージョなどと書かれることもあるため「フアンマ」というのが何か大層な二つ名のように見えますが、何のことはありません。これは「フアン・マヌエル」を略しただけです。日本で言うなら「ドラゴンクエスト」を「ドラクエ」と呼んだり、「プレイステーション」を「プレステ」と呼ぶのと同じレベルの話です。
同じように、例えば「フアン・ミゲル」なら「フアンミ」。「ホセ・ミゲル」なら「ホセミ」。「ホセ・マヌエル」なら「ホセマ」。「ミゲル・アンヘル」なら「ミチェル」などなど、スペイン語では略名や愛称の数では事欠きません。
ラ・リーガで多く見られるのは、所属選手の名前が複数人で被った場合は在籍年数が長いほうが本名で登録し、次に長い選手が略名や愛称で登録するというような慣例が暗黙の了解としてかつてはあったようですが、徐々に変わっているケースもあるようです。
ちなみに略名登録で馴染まれたために本名で登録されていた古株退団後も略名登録を変えない選手もいます。そして、略名登録の選手が被るケースも起きるのです。
僕が印象に残っているのは1990年代末期のラージョ・バジェカーノでの出来事でした。
「ミチェル」という登録名の選手が2人になったラージョでは、後から入団してきたミチェルのほうを「ミチェルII」として登録。選手としての公式な呼び名も「ミチェル・エル・セグンド=2番目のミチェル」としてしまったことがありました。それ以降は同じようなパターンを僕は見たことがありませんが、知らないだけで似たようなケースは他にもあるのかもしれません。
「二つ名」のように見えても実はただの愛称だったりするスペイン語の名前達
というわけで、スペインではそこら中にぺぺやペップ、そしてパコやフアンマ、ミチェル達がいることになります。一時期、一部で神話化されそうになっていた「レジェンド級の人物だから」とか「偉大な功績があるから」呼ばれる特別な名前や「二つ名」なわけでは全くなく、ごくごくありふれた愛称の一つに過ぎないわけです。
こうして改めて見てみるとスペイン語の名前はもちろん、スペイン国内や南米各国の地名にはキリスト教やカトリック、そして世界史の流れが連綿と繋がり密接に関係していることがわかると思います。
歴史や文化を追いかける延長線としてラ・リーガに辿り着くも良し。
ラ・リーガなどサッカーを追いかける中で歴史や文化の流れに触れるも良し。
そのさなかにスペイン語という言語に含まれる、大きく様々な流れを汲み取ることで、物事はより深く楽しめるようになるのかもしれません。