2020年11月28日に行われた、セルタ・デ・ビーゴの新練習場「アフォウテッサ」竣工式。
過去3回の当ブログ記事で、竣工式に列席した来賓のスピーチを紹介しました。
竣工式でスピーチを行ったのは以下の3人です。
- カルロス・モウリーニョ=セルタ・デ・ビーゴ会長
- ニディア・アレーバロ=モス市長
- アルベルト・ヌニェス・フェイホー=ガリシア州政府首相
列席者の中には王立スペインサッカー連盟(RFEF)のルイス・ルビアレス会長、そして王立ガリシアサッカー連盟(RFGF)のラファエル・ロウサン・アバル会長もいたのですが、ルビアレスもロウサンもスピーチは行っていません。
今回はセルタの新練習場「アフォウテッサ」竣工式で行われた来賓スピーチと、スピーチを行った来賓の顔ぶれから推測できる「セルタの狙い」を考察します。
さらに、この竣工式を通じて見えてくる「セルタは今どんな立ち位置にあるのか」という点についても考えてみます。
竣工式の狙いとセルタの「立ち位置」
アフォウテッサの竣工、そして練習場を旧来のア・マドローアから移転することはいくつかのことを内外に示しました。
- セルタの計画実行能力
- 地元との調整能力
- 関係各所との協力体制構築能力
セルタがアフォウテッサ建設に3年間を費やし、その過程で示したものは大きくわけて上記の3つでした。
それと同時に、この3つを内外に改めて強調することが竣工式におけるセルタの狙いだったと僕は考えています。
そしてこの3つを強調したことと、今回の竣工式における来賓スピーチを行った面々を招待できたことによって現在セルタがいる「立ち位置」が明確になったと言えるでしょう。
では「セルタの立ち位置」とは一体なんでしょうか?
それは「ガリシア州において今現在、セルタ・デ・ビーゴが最も存在感と価値の高いサッカークラブである」という位置づけです。
セルタが強調した3つの事柄を少し分析してみます。
計画実行能力
「読んで字の如し」ですが、計画を立ててキッチリと実行する能力は重要です。
セルタファンにはお馴染みとなっていますが、ここ数年にわたりセルタのホームスタジアムであるエスタディオ・ムニシパル・デ・バライードスは改修工事を行ってきました。
「ムニシパル=市営」という言葉が付いていることが意味するように、バライードスはセルタの所有物件ではなくビーゴ市の所有物件です。
バライードスをどうするのかについて最終的に決めるのはビーゴ市であってセルタではありません。
しかし市民や主要使用者であるセルタ・デ・ビーゴから改善の要望があれば、市は検討し実現可能性を考慮した上で、実現させるのであれば計画を立案し実行する必要があります。
かれこれ10年近くに渡って行われてきたバライードスの改修工事は、いまだに完成形を見せられていません。
対してビーゴ市からわずかに外れた「別の自治体」に練習場を建設するというセルタの大胆な計画は、実質的にわずか3年で計画立案~実行・実現までこぎ着けました。
「計画を実行し、実現する能力」という観点ではどちらが上なのか?結果は明白だと言えるでしょう。
地元との調整能力
ビーゴの隣町であるモス市に建設されたアフォウテッサですが、必ずしも諸手を挙げて歓迎されたというわけではありません。
2017年~2018年の基本合意から現在に至るまで、いくつかの環境保護団体からは建設反対を訴えるメッセージがクラブに届けられています。
「モス市民の有志団体」を名乗る人々も、モス市内で「森と山を破壊するプロジェクトを許すな」と抗議デモを行いました。
それでもセルタはモス市との間で順調に交渉を進め、可能な限りの様々な配慮を行った上で最終的にモス市と条件に合意。
結果的にはモス市の全面的な協力を得る形で建設にこぎ着けています。
関係各所との協力体制構築能力
日本ではビジネスの現場などでよく言われる「周囲を巻き込む力」という言葉としても使われる能力です。
何かを成し遂げたいと思ったとき、自分だけで実現できることなのかどうか。
自分だけでは実現できないのだとしたら、「誰と一緒なら実現できるのか」を探り当て、アプローチし、味方に付けることはとても重要です。
一人では無理なことも二人なら可能かもしれませんし、同僚とだけでは無理でも上司一人を味方に付ければ通る提案もあるでしょう。
セルタがこの3年間で行ったのはまさにそういう類のことでした。
そして、その集大成が今回の竣工式におけるスピーチの顔ぶれだったと考えられるのです。
カルロス・モウリーニョのスピーチ
セルタ・デ・ビーゴの会長カルロス・モウリーニョはスピーチの中でこんな発言をしています。
最も簡単な解決策は「諦めること」でした。
しかしながら諦めそうになるたびに顔を上げ、今この場にいる我々全ては我々自身を信じ進むことを選んできました。
この発言は、アフォウテッサ建設に向けての計画が困難なものだったものの、立案された計画を粘り強く実行したことをアピールするものです。
それと同時に、2010年頃から「やるやる」と言い続けて全く終了の兆しを見せない計画。つまりバライードスの改修工事計画に対する痛烈な皮肉でもありました。
モウリーニョのスピーチで一貫して言及されていることは「立てた計画をきっちと遂行すること」「関わる地元に誠意を持って接すること」「関係各所への根回しをしっかりと行うこと」の3つです。
裏返すとこの3つをビーゴ市はできていないぞ、ということを強調しているとも言えるのです。
ニディア・アレーバロのスピーチ
その全ての過程において、セルタはセルタの。モスはモスの。そして州政府は州政府の、それぞれの責任と発言への敬意を忘れずに歩んできたのです。
発言や行動に責任を取らない人々を差し置き、私達は成すべきことを成し遂げたと言い切ることができます。
スピーチにおいてアレーバロはこのように述べました。
「それぞれの責任と発言への敬意」「発言と行動に対して無責任な人々を横目にやるべきことをやった」というこの2つのフレーズは、カルロス・モウリーニョの発言同様の意図が明確に現れています。
つまりビーゴ市、もっと言えばビーゴ市長アベル・カバジェーロへの皮肉と非難です。
同時に、モス市長としてアレーバロが内外に示したのは「自分たちはモス」であること。
そして「モスは決してビーゴに隷属する存在ではないと証明した」ということです。
アルベルト・フェイホーのスピーチ
来賓スピーチの最後に登場したガリシア州政府首相アルベルト・ヌニェス・フェイホー。
そして当然のことながら、我々ガリシア州政府は締結された合意を遵守し完遂する方々の側に立っています。
ビーゴ市の紋章の下で、州政府立ち会いのもと締結された、セルタが偉大なクラブとして存続していくための合意を遵守し完遂する方々の側に立っています。
スピーチの中でフェイホーはこのように発言しました。
「合意は尊重されなければならない」
「セルタが存続するためには合意が尊重され遵守されるべきである」
フェイホーがスピーチで発言した内容は、当然といえば当然ですがこの日すでにモウリーニョとアレーバロが発言した内容とリンクするものでした。
責任ある当事者としての我々にできることは討論を行うのではなく、討論をやめクラブを支援することです。
極めつけがこの発言です。
何気ない一言に見えますが、この一言はセルタとビーゴにとって非常に大きな意味を持つ一言であるのは明白です。
なぜRFEFとRFGF会長はスピーチをしなかったのか?
この日、招かれていた来賓の中にはスペインサッカー界のトップである王立スペインサッカー連盟(RFEF)会長ルイス・ルビアレスと、ガリシアサッカー界のトップである王立ガリシアサッカー連盟(RFGF)会長ラファエル・ロウサンもいました。
しかしこの2人はスピーチどころか挨拶さえ大体的には行っていません。
司会者によって名前が読み上げられ、竣工式に出席していることが周囲にアナウンスされただけです。
常識的に考えればこれは奇妙です。
プロサッカークラブの練習場が完成したことを祝う席に招かれたサッカー関係者のトップがスピーチをしない。
こんなことが通常あり得るでしょうか?
ここにもセルタの明確な狙いが現れています。
3人のガリシア人が率いるそれぞれのコミュニティー
カルロス・モウリーニョもニディア・アレーバロもアルベルト・フェイホーもガリシア人です。
モウリーニョはビーゴ出身。セルタ・デ・ビーゴというサッカークラブを代表しています。
アレーバロもビーゴ出身。モス市という「市」を代表しています。
そしてフェイホ−はオウレンセ出身。ガリシア州というスペインを構成する重要な自治体の1つを州首相として代表しています。
州、市、そして市で活動する民間企業。
竣工式でスピーチをしたガリシア人は、それぞれがガリシアにおける最小単位から最大単位までのコミュニティーを率いる存在でした。
セルタの狙い -なぜアレーバロとフェイホーだったのか?-
セルタというクラブが仮にチャンピオンズリーグを勝ち取るほどのクラブだったとしても、ホームタウンがなければ活動はできません。
セルタが活動を行うためにはホームタウンの許可や協力が不可欠であり、ホームタウンである市は最終的にガリシア州に許可や協力を要請します。
日々の活動=練習と試合への準備を行うために必要な自治体の最たるものが、アフォウテッサが建設されたモス市であり、モス市を通じてガリシア州との関係構築が必須事項になります。
何らかの団体を率いる「長」である人物は誰でも、「顔を立てて」もらって不愉快になることはありません。むしろその逆です。
顔を立てた立てられた、という事実はいつまでも変わりませんし、セルタは各種SNSで独自アカウントを使って発信を行っていますから、長期間に渡ってアーカイブと証拠が残ります。
つまり、これでアレーバロとフェイホーがセルタに好意的であることや、セルタの練習場竣工式で来賓スピーチを行ったという記録が半永久的に残ることになるのです。
セルタの現在地が意味するもの
- スピーチは行わなかったものの、RFEF会長とRFGF会長が出席した。
- モス市長が全面的にセルタが掲げるコンセプトに賛同する内容のスピーチを行った。
- ガリシア州首相も同様の発言をした。
これは「サッカー界も地元も含めて、トップがセルタの活動を支持している」ことを意味します。
さらに重要なのはホームタウンであるビーゴ市の市長が出席していないにも関わらず自治体、しかも州の長が出席しスピーチを行い、なおかつビーゴ市に対する苦言を呈したことです。
これまではただ単に「サッカークラブの会長と市長の個人的な諍い」に過ぎなかった問題が、ガリシア州政府首相の出席とスピーチによって段階が異なるものに変化してしまいました。
ビーゴ市長アベル・カバジェーロにとっては忸怩たる思いに違いなく、セルタの動きによってビーゴ市としてもここまでのらりくらりとかわし続けてきたバライードスの改修工事を主体的に進めざるを得ない状況に追い込まれてしまったと言えるでしょう。
事実2021年に入ってから、ここまで事あるごとに「セルタは要求ばかりで金も出さない。誰が金を出してバライードスを改修するのかよく考えろ」と強気な姿勢を崩さなかったカバジェーロ側は、突然思い出したようにゴール裏スタンドであるゴールとマルカドールの改修工事計画とバライードスの地下駐車場建設計画についてメディアへのアピールを始めています。
RFEFとRFGFの両会長が出席し、ガリシア州首相がセルタのためにスケジュールを空けてスピーチを行ったという事実は、「ガリシアにおけるプロサッカークラブを代表する存在はセルタ・デ・ビーゴである」ということを公式に内外へアピールする結果になりました。
当然のことながらこの事実を受け入れられず、反対勢力として声を上げたい人々がいるわけですが、残念ながらその人々の声は世間には届きません。
そういった人々が今いる場所はスペインサッカーの最高峰とは遠く離れた場所であり、地道な計画に沿って遂行されてきた綿密な計画の途上にもありません。
15年前の就任以来、僕も含めて数々のファンから多くの批判を受けてきたカルロス・モウリーニョが口にし続けてきた理想と夢は、少なからずきちんと形になり、決して夢物語ではないと証明されつつあります。
アフォウテッサの竣工式に出席した要人たちの顔ぶれと、スピーチを行った人物の顔ぶれ、そしてそこで語られた内容が示すのはセルタが今現在のガリシアスポーツ界でトップに位置する団体として立場を確固たるものにしつつあることだけではありません。
会長就任から15年。
- スペインサッカーのトップレベルに常駐する存在であり続ける。
- トップチームの「少なくとも半数」はビーゴ都市圏出身者で占められるチームになる。
- スペインサッカー界トップクラスの育成システムを確立する。
非現実的だとなじられ、妄想を撒き散らす夢遊病者だと罵られ、黙って金だけ置いて消え失せろと何度嘲笑されようとも、罵声に罵声を返すことなく黙々と計画を練り、修正し、クラブの経営再建とカンテラの整備を続けてきたカルロス・モウリーニョが、セルタ・デ・ビーゴの価値を一段階高いところまでついに押し上げたということを意味するのです。
そしてスポーツ面ではセルタとビーゴに敵対する勢力に対して。
政治面ではビーゴ市長アベル・カバジェーロに対して。
両面においてそれぞれの土俵で真っ向勝負に挑んだセルタが勝利したことも意味します。
2020−2021シーズンを無事に乗り切ることができれば、2年後にセルタは創立100周年=センテナリオを迎えます。
次のセンテナリオに向けて進められてきたこの15年間の計画は、クラブと周囲を取り巻く人々の意識を変えてきました。
ともすれば身の程をわきまえない仕草とも見えるそれらの変化は、しかし本当の意味でセルタが目指すべき姿になるうえでは必要なことだったのかもしれません。
モス郊外の美しい森の中に現れた練習場シダーデ・デポルティーバ・アフォウテッサは、セルタの周辺でこの15年間に成し遂げられてきた数々の変化の象徴でもあるのかもしれません。