【ラ・リーガ】理解しておきたいスペインの地方&言語事情と民族主義【スペイン語】

La Liga情報

ラ・リーガ所属クラブの所在地に見る「地域多様性」

日本でもファンが多く、世界中から注目されるスペインのプロサッカーリーグ「ラ・リーガ」。

リーグの冠スポンサー名と合わせて、現在は「ラ・リーガ・サンタンデール」として知られるラ・リーガが開催されるスペインには、17の州が存在します。

スペインの17州

1部リーグであるプリメーラ・ディビシオン。そして2部リーグであるセグンダ・ディビシオンAという2つの全国リーグでプレーするクラブは、当然のことながらスペイン各地の17州いずれかに点在しています(下記表を参照)。

州名代表的なクラブ(〜2020年)
アンダルシアセビージャ、ベティス、レクレアティーボ、マラガ、カディス、グラナダ
アラゴンサラゴサ、ウエスカ
アストゥリアススポルティング・ヒホン、オビエド
バレアレス諸島マジョルカ
バスクアトレティック・クルブ、レアル・ソシエダ、アラベス、エイバル
カナリアス諸島ラス・パルマス、テネリフェ
カンタブリアラシン・サンタンデール
カスティージャ・ラ・マンチャアルバセーテ
カスティージャ・イ・レオンバジャドリー、サラマンカ(過去&現在)、ヌマンシア、クルトゥラル・レオネーサ、ブルゴス、ポンフェラディーナ
カタルーニャバルセローナ、エスパニョール、ジムナスティック、ジローナ
エクストゥレマドゥーラバダホース、エクストゥレマドゥーラ、メリダ
ガリシアセルタ・デ・ビーゴ、ラシン・フェロール、ルーゴ、コンポステーラ、オウレンセ
ラ・リオハCDログロニェス、UDログロニェス
マドリーレアル・マドリー、アトレティコ・マドリー、ラージョ・バジェカーノ、ヘタフェ、レガネス、フエンラブラーダ
ムルシアムルシア、カルタヘーナ
ナバーラオサスーナ
バレンシアバレンシア、レバンテ、ビジャレアル、アリカンテ、カステジョン

興味深いのはマドリーやバスクは州としての面積は他州と比較して小さいのに、プリメーラに所属する代表的なクラブが多いことでしょう。

反対にカスティージャ・イ・レオンは州面積は大きいのに、2020年現在プリメーラに所属するのはバジャドリーのみ。かつてプリメーラでもプレーしたUDサラマンカは現在消滅しており、現在は後継クラブであるウニオニスタス・デ・サラマンカが活動しています。

上記の表を見てわかるように、ラ・リーガ所属クラブはスペイン全土に広がって点在していて、東西南北で気候風土の異なるスペインという国をよく表したリーグになっていると言えるでしょう。

この地域的な多様性はラ・リーガを見て、そして語る上で一つの「ネタ」であり、スペインという国やスペイン人達の間で語られている「歴史」を理解する上で重要な要素の一つになっています。

スペインに存在する「4つの公用語」=地域アイデンティティー

ラ・リーガのファンにはお馴染みの事実ですが、スペインには「公用語が4つ」あります。

すなわち

  1. カスティージャ語(標準スペイン語)
  2. カタルーニャ語
  3. バスク語
  4. ガリシア語

の4言語です。

一般的なこれら4つの公用語については下記の記事「【スペイン国内限定】スペインの公用語はスペイン語だけではない?」も読んでみてください。

【スペイン国内限定】スペインの公用語はスペイン語だけではない?
スペインという国の公用語は何語だか知っていますか?もちろんスペイン語なのですが、実はスペインの公用語はスペイン語だけではないんです。スペインにおける「州公用語」について少しだけご紹介します。

いわゆる「スペイン語」として世界に広く知られているカスティージャ語=カステジャーノは、基本的にスペイン人であれば誰でも話せる言語です。ここで言う「スペイン人」とは「スペイン国籍を持つスペインで生まれ育った人々」として定義します。

おわかりでしょうか?

わざわざ

ここで言う「スペイン人」とは「スペイン国籍を持つスペインで生まれ育った人々」として定義します。

などと但し書きを付ける必要があるというところに、スペインの地域多様性や地域民族主義の片鱗を感じて頂けるのではないかと思います。

「独自の言語がある」

「独自の文化がある」

という2点をもって、代表的な例で言えばバスクやカタルーニャの民族問題や独立問題が表面化すると、スペインの地域民族主義が注目されることもあります。

民族言語のみが話されている地域が多いわけではない

ニュースのヘッドライン的な部分で情報を収集している方の中には、ごく一部こう思い込んでいる方もいるようです。

カタルーニャではカタルーニャ語しか話されず、全カタルーニャ人がスペインという国からの独立を望み、スペイン人とスペイン語を憎んでいる。外国人はカタルーニャ語が話せないとカタルーニャでは生活できない。

上記はある意味大げさな例えかもしれませんが、本当にごく一部にはこのように認識している方もいるようなのです。

しかし、この認識は全くの見当違いであると指摘せざるを得ません。

例えばカタルーニャ州の代表的な都市であるバルセローナの街中を見てみましょう。空港や路線バスの表記には最初にカタルーニャ語が使われていますが、標準スペイン語であるカステジャーノも併記されています。

大学の授業などで「教授の使用言語」が明確に定められている項目がありますが、そこに「カタルーニャ語」としか記載されていない授業にスペイン語だけを使って参加した場合は、当然スペイン語ではなくカタルーニャ語を使えなければ困難な状況になるでしょう。

しかし「カタルーニャ語、スペイン語」と表記されている授業であればスペイン語でも応対してもらえます。

カタルーニャ州政府は公立学校でのカタルーニャ語教育を義務化していますが、これはスペイン語=カステジャーノの使用禁止を意味するものではありません。

中にはカタルーニャ人であることを誇り、反対にカステジャーノを毛嫌いし、「話せるのにあえて使わない」という人もいます。ただしこれは「その人がそういう趣味嗜好の人」だというだけで、カタルーニャ人全員がそうであるわけではありません。

もしそうであるなら、カタルーニャはとっくに独立を達成しているでしょう。

言語・文化を軸とした地域民族主義が弱い地域も存在する

代表的なスペインの「地域民族主義」として語られるカタルーニャとバスクですが、一方で同じく独自の言語を持つガリシアではどうなのでしょうか。

ガリシアも州内ではガリシア語の教育が義務化されており、公立学校でのガリシア語教育と州内のガリシア語習得率は年々増加しています。

「常にカステジャーノだけを使って生活している」

と答えたガリシア州在住者の割合は2018年の段階で24.2%。ガリシア州の人口が2018年時点で約270万人だとされていましたから、約65万人「だけ」が標準スペイン語であるカステジャーノだけを使って生活していることになり、残りの75.8%=200万人以上はいくらかの割合でガリシア語を日常的に使いながら生活していることになります。

「常にガリシア語だけを使って生活している」

と答えたガリシア州在住者の割合も2018年時点で州全体の30.3%に及ぶと言われています。

割合からすれば「圧倒的多数派」であるガリシア語の話者が比率として高いガリシアで、カタルーニャと同じようにスペインからの独立を声高に叫ぶ運動が目立たない事実は、外国人である僕達にはある意味興味深く映ります。

パフォーマンス化している側面もあるスペイン国内の民族主義問題

カタルーニャの言語・文化・独立問題がこれほどクローズアップされる原因として、スペイン内戦からフランコ独裁政権時代まで続いた言語・文化統制などの抑圧が挙げられます。

もちろんそれは一つの原因であると考えられるわけですが、近年でいうと1980年から2003年までの23年間に渡りカタルーニャ州政府首相として君臨したジョルディ・プジョールの影響も相当なものだったと僕は考えています。

主題ではないので割愛しますが、ある意味でプジョールはカタルーニャ人であることやカタルーニャ語、そしてカタルーニャ文化とカタルーニャという地域を最大限に「利用」し、その政治的・個人的地位を高めていったと僕の目には映ります。

カタルーニャにおけるカタルーニャ語教育が活発化したのはプジョール時代から見られた傾向ですし、政治的に小さくない動きが国内で起きる時、程度の差こそあれ定期的にカタルーニャの独立性問題や独立可能性に関する議論を湧き起こすことでその話題そのものを自身の政治的駒として利用していたフシが見られるからです。

ラ・リーガのファン、特に自らを「クレ」と自称するFCバルセローナのごく一部の日本人ファンには、上記の歴史や経緯をよく調べていない状態で過激な言説をコピーして口にしている傾向が見られるのは気になるところです。

もちろん、この「パフォーマンス的に映る」という僕の説も、正しいとは限りません。これはあくまでも僕が90年代末期から2000年代初頭にかけてスペインに暮らした一時期の経験をもとにした話でしかありません。おそらく、2020年現在でバルセローナをはじめとするカタルーニャ州内で暮らす日本人の方には、別の光景が映っている可能性がありますし、異なる意見も当然存在するはずです。

少なくとも、このカタルーニャ問題に関しては外国人が軽率に語ることはなかなかに難しいのではないかと僕自身は考えています。

一方で、こうした民族主義的政治活動が比較的少ないガリシアにおいても、ごく一部の地域政党がガリシア独立問題について主張を繰り広げることがあります。

しかし、ガリシア州内においてこうした活動はいまのところ成功を収めているとは言い難く、むしろキワモノ的な扱いを受けることが現時点ではほとんどであると言えるでしょう。

ガリシア人は、スペイン国内の他地域の人々、特にアンダルシアやエクストゥレマドゥーラ、バレンシア南西部の人々と比較した場合、日本人には想像できないほど内気で繊細、かつ控えめな性格の人々です。

州内の主要産業が農業と漁業、そして一部の造船業が中心であり、ZARAを保有するインディテクスの本社があるとはいえ、経済的に約300万人程度の地域一つが国家として成立し得ないことをよくわかっているとも言えます。

中南米に数多くの移民を排出している歴史的経緯(そのためか、中南米には”ガリシア人”を意味するガジェーゴという名字が目立つ)。

独裁政権樹立に繋がる反乱を起こし、最終的には各地域から中央政府への反発という火種を残してしまったフランシスコ・フランコという「同郷人」を抱えているという事実(フランコはガリシア北部のフェロール出身)。

主にこういった2つの歴史的経緯や事実から、ガリシア人は少なからずどこか世捨て人的な感覚を持っている一面があります。民族主義的過激派が少ないのはこうした背景が影響しているのだ、と僕は過去にビーゴの友人から語られたことがあるので、恐らくはある程度の信憑性がある説なのでしょう。

ラ・リーガでのライバル関係に地域民族主義は影響しているのか?

これも恐らく少なからず誤解している方もいるのだろうと思っているのですが、地域間のライバル意識やクラブ間のライバル関係に、スペイン国内の地域民族主義がどこまで影響しているのかという視点があります。

少なからず影響はしているでしょう。しかし、日本人が想像するような単純な図式ではありません。

「カタルーニャだから」という理由で「マドリー」を敵視するのであれば、エスパニョール対アトレティコももっと過激なことになるはずです。

エスパニョール対レアル・マドリー、ジローナ対ラージョ・バジェカーノもエル・クラシコ並の厳戒態勢で行われて然るべきでしょう。しかし現実はそうはなっていません。

忘れてはいけないのは、「フランコ独裁のスペインという国」が、「バルサとバルサファンだけを目の敵にしていじめにいじめ抜いた」わけではないということです。

カタルーニャ人、特にバルセローナ人がバルサを自分たちの象徴として扱い祭り上げているのは、独裁時代にカタルーニャ語やカタルーニャ文化を一時的に権力の監視から逃れて披露できる場が、「バルサの試合会場のスタンド」だったからだという説もあるくらいです。

つまり見方によっては単にカタルーニャ民族主義の発揚の場として利用されたのがバルサであり、バルサもそれら人の動きを上手く取り入れることで様々な方面からの支援支持を取り付けて成長してきた側面もあると言えるでしょう。

そのための都合のいい「敵」は、マドリーのど真ん中を本拠地とし、内戦中バルセローナに大打撃を与えたフランコ自身が贔屓にしたレアル・マドリー以外ありませんでした。

留学中、サンタンデールのカンタブリア大学で受けた歴史の授業中に教授が言っていたのは、「もしフランコが当時ラージョ・バジェカーノの会長にでもなっていたら、今頃エル・クラシコはラージョ対バルサだったはずだ」と言っていたことを思い出します。

バスクとマドリーの関係性についても同様で、ETA(バスク祖国と自由)というバスクの民族主義的過激テロ組織の活動がまだ活発だった時代、2001年頃までにかけては一部の「過激なアトレティックファン」がサンティアゴ・ベルナベウの一角に「バスク国旗」と「ETAのシンボルマーク」を並べるパフォーマンスを行ったり、サンティアゴ・ベルナベウのピッチにバスク国旗を持って乱入するといった行為をたびたび行っていました。

しかし、2002年から2003年頃を境にして、こういった行動は影を潜めていくことになります。

興味深いことにこの2002年〜2003年にかけて、スペイン中央政府はバスク州を本拠地とする政党「バタスナ」を非合法化しています。

なぜか?

バタスナはETAの政治部門であるとされており、バスクの民族的独立を掲げスローガンにし支持を得ようとしていました。

事実、州選挙においても常に10%程度は支持を集める結果を残していたことから、一部のバスク独立主義者からは熱狂的な支持も受けていたと言えます。

しかし最終的にバタスナは2003年にスペイン最高裁判所により非合法とされ、次いで2003年夏にはEU全加盟国において「テロ支援組織」認定を受けた結果、政党本部も閉鎖されています。

テロ組織としてのETAの活動も、2000年代初頭当時のスペイン首相、ホセ・マリーア・アスナールによる超強硬的な取締活動の連続により縮小されていきました。

これにより2003年頃以降、「過激な一部のアトレティックファン」による「サンティアゴ・ベルナベウにおける妨害行動」はめったに見られなくなります。

傍から見れば「バスクと中央政府の対立」「カタルーニャと中央政府の権化だったレアル・マドリー」のように見えるこれらの事象は、よくよく細部まで分解してみてみれば、実に政治的な思惑の入り乱れた繊細な工作活動の一環でもあったという見方が成り立ちます。

もちろんただの陰謀論だなどと言っているわけではありませんし、地域対立はまやかしだなどという意味ではありません。

政治とスポーツは別、という綺麗事は滅多にまかり通らないわけですが、ことスペインの民族問題とラ・リーガにおける事象を考える時、少なからずその経緯や裏側の歴史に政治的動き、政治的パフォーマンスの要素が含まれているor含まれていた、ということは理解しておくべきだろうと僕は思っています。

大きな一例として、レアル・マドリーとバルセローナのライバル関係は既に出来上がったものですし、事実存在する事象として世界中で認識されています。選手やクラブ間でもそうしたライバル関係は存在します。

ただし、それがどのように出来上がったものなのか。その背景と歴史はある程度概略だけでも抑えておくことが必要でしょう。

「バルサファンだからレアル・マドリーをライバル視する」

「レアル・マドリーファンとしてバルサをライバル視する」

ということと、

「バルサファンだからカタルーニャ に賛同し、中央政府に反対する」

「レアル・マドリーはスペインの象徴だからカタルーニャの意向には反対する」

ということは、全くの別物だということはしっかり認識しておくべきだと思うのです。

こうした地域アイデンティティーと地域民族問題は、僕が特定の街と特定の集団から暴力的な被害を受けたために、その特定地域と特定の集団を敵視していることとは異なる、さらに大きな「彼らの問題」です。

サッカーから逸脱した部分で、僕達外国人は彼らの問題には立ち入れませんし、恐らく立ち入ろうとするものでもないでしょう。

歴史と背景を知ることで、より楽しめるものも見えてくる

このように、スペインの国内問題というのは当たり前ですが単純に語れるものではありません。

何本も論文が書けるテーマでもあり、結論が出るのかもはっきりしない話題です。現在進行系であり、今後改善するのか悪化するのかも定かではありません。

知れば知るほど鬱々とした気分になる話を聞くこともありますし、ショックを受けることも少なくないでしょう。

しかし、そのような背景や歴史が存在する国のリーグ戦を戦うチームに惹かれた僕達サッカーファンとしては、それらの背景や歴史を知ることによって更に深く楽しめる要素を得られることもまた事実です。

客観的事実と個人的な感情。

この2つを自分の中で適切なバランスを取りながらコントロールできる時、僕達はラ・リーガをより一層楽しめるのだろうと、僕は思っています。

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