セルタ、新シーズンに向けた年間チケット登録が増加
直近のプリメーラ昇格から8年目を迎えようとしているセルタ・デ・ビーゴ。
ビーゴの地元紙FARO DE VIGOの記事によると、7月に始まった年間シートの販売とソシオ(株式保有者)の募集に対しては昨シーズンまでよりも多くの登録者が集まっており、差し引き800名の年間シート保持者増加になるとのこと。
クラブの公式発表によれば、昨シーズンも年間チケットを購入していたファンのうち、90%が継続購入の更新を行っており、現在も購入予約のリストには1,800人が登録しているようです。
この購入予約1,800人を含めると、年間チケットの販売数量と今後の購入予約数は合計23,483となっており、実質29,000人収容可能なセルタのホームスタジアムであるバライードスは80.9%が埋まっていることになります。
ただし、実際には海外からの購入者や、購入してあるもののスタジアムには行かない(行けない)ファンも含まれるため、この23,483人が毎試合バライードスを訪れるわけではありません。
海外からの購入者
ビーゴのあるガリシア州は州全体が大西洋に面しており、歴史を紐解いていくと中南米への移民が過去に相当数いた事実にたどりつきます。
15世紀の大航海時代以降、特に18世紀や20世紀初頭の独裁政権時代における弾圧を避ける目的で生まれ故郷であるガリシアから中南米へ新天地を求めた人達の中には、当然のことながらルーツである生まれ故郷への郷愁を持ち続け、それが代々受け継がれている家庭もあります。
現存するかどうかは確認できませんが、少なくとも2003年頃まではメキシコ、コロンビア、グァテマラ、アルゼンチンにセルタのペーニャ(クラブ公認ファンクラブ)が存在しており、これらの国にはガリシア系移民が多かったと言われています。
そのため中南米では「ガリシア人」を意味する「ガジェーゴ」という姓を持つ人も目立ち、なおかつ古代ガリシア語で「城」や「堅牢な家」を意味すると言われている「カストロ」というガリシア系の姓を持つ人が多く存在します。
そのような中南米におけるガリシア人の末裔達の中には1年に1度行けるか行けないかという機会にも関わらず、数十年に渡りセルタの年間チケットをビーゴに残った親戚などに頼んで更新し続けている人達も存在します。
例えば2000年10月、アルゼンチンからはるばるビーゴまでやってきた78歳の男性がいました。60年以上年間チケットを更新し続けているファンへ感謝を示す賞状が授与される式典がバライードスで行われたのですが、アルゼンチンからやってきたその男性が最年長でした。
当時のセルタ会長オラシオ・ゴメスは、授与式へ招待された人達の代表としてアルゼンチン人の彼に賞状を授与。ふらつく足でバライードスのピッチを踏みしめ、空色のマフラーを首から下げつつ満面の笑みで賞状を受け取っていた彼の様子を、僕は今でも忘れることができません。
何が言いたいかというと、ここまで述べたようにあるクラブにおけるチケット販売収入というのは、実際にスタジアムを訪れた人達の支払った金額だけでは計算できないことがある、ということです。
恐らくこれはガリシア、もしくはスペインだけではなくドイツやフランス、イタリアにも言えることだと思うのですが、ヨーロッパから中南米に移住した人達は僕たち日本人が思っている以上に多いのが実情です。
そして彼らは移民一世であってもそうでなくても、自分達のルーツが生まれた町のクラブを応援することが多々あります。
セルタファンの1人である件のアルゼンチン人男性もその1人ですし、恐らく他の国にも同じような人はいるのでしょう。
年間チケット購入者数の増加=クラブへの賛同
そしてこの事実は、現在のセルタが行っている施策の数々、その姿勢やメッセージがファンに受け入れられ認められていることを意味していると僕は考えます
例えば僕個人の話をすると、仮に年間チケットの購入可能時期にビーゴに行けたとしたら、間違いなくどこでもいいので買える席を買うでしょう。
現在の僕の生活環境からすると、南米からビーゴまでは乗り継ぎを含めれば約12時間程度かかりますし、航空券代も電車に乗るほど気軽に払える金額でもありません。1年に1回か2回、行ければいいほうでしょう。
しかし少なくとも僕にとっては現在セルタが標榜するガリシア人によるカンテラ主義や、垣間見える経営方針、そしてチームのスタイル構築に対する姿勢は共感できるものですしこのまま進めていって欲しいと思えるものです。
僕が支払うことになる数百ユーロがその一助になりセルタというクラブが存続し成長していってくれるのであれば、どうぞ使ってくださいという気持ちになれるのです。
クラブの年間チケット購入者や株式付きのソシオが増加するということはこういった気持ちのファンが増加しているということとほぼ同義です。
冷静に考えてみれば90%のファンが年間チケットを更新したというのはセルタのようなクラブにとってはとても重要な意味を持つ出来事です。
よく思い返してみましょう。
セルタは2018−2019シーズンを「17位」で終えています。
あと一つ順位が下がれば降格するという位置です。そして2019年3月の段階で、スペイン中のほぼ誰もがセルタはあのまま降格するだろうと思っていたのです。
なんとか残留を果たしたはいいものの、通常あのような体たらくを見せられて「来シーズンはやってくれるはずだ」と思いを新たにできるサッカーファンはいるでしょうか?
今回明らかになった年間チケット更新率と増加数はバライードスに通っていた2万数千人のうち、90%以上は「来シーズンはやってくれるはずだ」と思い、800人以上の新たなファンが「これからのセルタをバライードスで見たい」と思うに至った証拠でもあります。
直近のプリメーラ昇格を実現した2011−2012シーズン、セルタの年間チケット登録者数は14,308人でした。
ルイス・エンリケやエドゥアルド・ベリッソの尽力でその後の数年間にそこそこのクオリティを持ったサッカーを披露したとはいえ、セルタがそれを長期間維持できるようなクラブでないことは既に歴史が証明しています。
1929年に始まったスペインにおけるプロサッカー全国リーグは時代とともに名称や運営形態を変え、現在はスペインの大手メガバンク「サンタンデール銀行」がリーグネーミングライツを取得していることから「ラ・リーガ・サンタンデール」と呼ばれています。
2019−2020シーズンでちょうど90年目を迎えるわけですが、その90年の歴史の中でセルタはプリメーラ・ディビシオンに52シーズン。セグンダ・ディビシオンAに32シーズン。あまり知られていませんがセグンダ・ディビシオンBに1シーズンと、実質4部リーグであるテルセーラ・ディビシオンに1シーズンいたこともあります。
ちなみに、90年間リーグ戦に参加しているのに全てのカテゴリーでの在籍年数合計が86シーズン分しかないのは、1935年〜1939年まではスペイン国内を吹き荒れた「市民戦争」と呼ばれる内戦のためにリーグ戦が中断していたからです。
ラ・リーガ90年の歴史において半分以上のシーズンをプリメーラに在籍してきたとはいえ、優勝経験もなく常に降格のリスクが付きまとうクラブがセルタです。
そんなクラブが7年間で約1万人もの年間チケット登録者を増やすのは簡単なことではありません。
クラブが持つべき「哲学」
繰り返しになりますが、このような実績を残すためにはファンにクラブの姿勢と哲学を示し、リーグ戦や試合などの結果以外の部分で共感を呼べなければなりません。
ただ単に強いチームであれば放って置いてもファンは増えるでしょうが、そこに哲学や思想、そしてファンが納得する姿勢が見えなければ全て一過性のもので終わってしまいます。
このオフシーズンにセルタはデニス・スアレスとサンティ・ミナというカンテラ出身の有力選手を買い戻すことに成功し、事実ふたりともプレシーズンマッチでは今後に大きな期待が持てるような内容のプレーを披露しています。
しかし、2019−2020シーズンの年間チケット売上が増加したのは、デニス・スアレスとサンティ・ミナが人気選手だからではありません。
「本当は出したくなかった虎の子であるカンテラ出身の子供を、身を削ってひねり出した資金を使って連れ戻した」
という一つの事実。
「ガリシア人のカンテラ出身者でトップチームを固め、“ガリシアのクラブ”としてのアイデンティティーを確立する」
という13年間発し続けたメッセージ。
デニス・スアレスとサンティ・ミナの獲得により、セルタがクラブとして標榜してきたポリシーは本気なのだということをファンに示せたことが、年間チケット増加の最も大きな理由になっていると僕は個人的に理解します。
少しずつ結果が出てきたセルタはこの先どのように歩んでいくのでしょうか。
生まれ始めたクラブとしての「哲学の芽」がどこまで成長していくのか、僕は今楽しみでしかたありません。