【セルタ】2019−2020シーズンのセルタはなぜ不振だったのか(3)【ラ・リーガ】

La Liga情報

中断明けのラ・リーガ。11試合の「決勝」戦。

約3ヶ月に及ぶ中断の後、6月11日にラ・リーガは「厳格な感染症対策を実施する」ことを義務付けられながらも再開します。

再開後初戦となる6月14日の第28節ビジャレアル戦にセルタはホームでありながら0−1で破れましたが、少なくとも僕の目には選手たちのコンディションは悪くないように見えましたし、中断前に見せていた攻撃面での改善は途切れることなく生きているようには見えました。

第29節アウェーのバジャドリー戦ではイアゴ・アスパスがPKを防がれ、貴重なアウェーでの勝利を逃すことにはなりましたが、試合内容としては終始落ち着いたものでしたし、悲観するほどの内容ではなかったと思います。

実際問題、僕達ファンも選手たちもスタッフも、ある意味で一種の楽観的な見通しをこの時点では持っていたと言えるでしょう。

そしてそれを裏付けるように、第30節のアラベス戦でセルタは6−0という5年ぶりの大量得点を奪って勝利。

さらに続く第31節アウェーのレアル・ソシエダ戦にも勝利し、2019−2020シーズン初の連勝を飾ります。第32節のバルセローナ戦では大方の予想を裏切り2−2で引き分け。しかも内容的には勝利しても不思議はないような試合だったこともあり、スペイン現地においても「眠っていたセルタがとうとう目を覚ましたのか」という論調の報道が溢れました。

リーグ戦の中断期間中に、今シーズンは第2GKに収まっていたセルヒオ・アルバレスが5ヶ月以上を復帰に要する負傷を負ったことでスペイン独自のローカル移籍ルールを行使することが可能になったセルタはセビージャからFWマヌエル・アグアード・ドゥラン・”ノリート”を獲得。

4年ぶりにセルタに復帰したノリートは、4年間不在だったとは思えないほどの連携を披露し、セルタの左サイドに活力を与えました。

バルサに引き分けた後の第33節。残留をかけた直接対決となったマジョルカ戦に不可解なPKをきっかけとして5−1で敗戦を喫しても、その直後にデニス・スアレスが今シーズン絶望となる負傷により離脱しても、第34節でベティスに引き分け。

第35節でアトレティコに引き分けて勝点を確保したことによって降格対象となる18位に対して7ポイントの勝ち点差をつけたことから、ファンの間でも残留まであと一息だろうという空気が流れ始めたのです。

加入後わずか2ゴールではあったものの、攻撃面ではスモロフがいわゆる「9番」として前線に軸を作り、その周囲をアスパス、ミナ、ラフィーニャが動き回ることで安定性が出たことが第35節までの特徴であり、ファンが「大丈夫だろう」と思う拠り所にもなっていたでしょう。

ただし事実だけを冷静に見てみれば、第32節から第35節までの4試合、合計12ポイントの勝ち点の中からセルタが奪取できた勝ち点はわずか「3」でした。

今となっては最も悔やまれるのはマジョルカ戦の敗戦でしょう。

不可解な判定による先制点のPKがあったとはいえ、それ以外の4失点は決して褒められたものではありません。

しかしそれでも第35節を終えた時点で18位との勝ち点差は1試合分以上残っており、状況的にはセルタの残留が最も可能性が高いと判断されていました。

一方で、セルタの監督オスカル・ガルシア・ジュンジェンは再開直前の記者会見から一貫して「再開後に待っているのはリーグ戦ではなく、11試合続く”決勝戦”だ」と言い続けていました。

僕は当初、この発言を「チームに油断を持ち込まないための良いプレッシャーだ」と考えていました。

目の前の一試合に集中させ、「積み上げ式」で残留を実現するための彼なりに行うチーム操縦術なのだ、と。

そう思っていたのです。

最終的に18位レガネスとの勝ち点差はわずかに「1」となり、第38節でセルタが破れ、レガネスに勝利されたら逆転で降格するというところまで追い詰められながらも、セルタはアウェーでエスパニョールに引き分け。レガネスがホームでレアル・マドリー相手に引き分けに終わったことにより文字通り「首の皮一枚」でセルタはプリメーラ・ディビシオンに残留することになったのです。

シナリオは「崩れた」のか?

第36節のアウェー、オサスーナ戦。

第37節のホーム、レバンテ戦。

この2試合のうちで、どちらか1戦。もしくは両方から引き分けでも勝ち点を奪うことができていたら。

という「たられば」はいくらでも言えるのですが、冷静に考えてみればこの2連敗に至るまでの布石のようなものは実に理に適ったものとして存在していたと僕は思うのです。

現地のLa Voz de GaliciaやFARO DE VIGO、Radio Galegaなどのメディアは「オスカルのシナリオが崩れた」という論調で終盤の不振を報じていました。

しかし今となっては再開直後のオスカルのコメントやチームの動きには、終盤の不振を見越したようなものがいくつか見られたことに気が付きます。

オスカル監督のコメント

オスカルは再開が決まり、そして再開してからも次の試合以上のことを決してコメントしませんでした。

「これは11試合続く”決勝戦”なのである」

意味深で哲学的なこの一言に隠された意味を、その当時の僕は恐らく理解していませんでした。

現地ビーゴのファン達も同じだったのではないでしょうか。

よく「眼の前の一試合に集中することが大切だ」というコメントを目にします。そしてそれは実際そのとおりです。先を見すぎてしくじったチームは過去にいくらでも存在しますし、歴史から学ぶことはいつでも重要なことです。

しかし、一試合一試合を大事に戦うのであれば、再開後序盤の数試合であそこまで前がかりに攻撃に固執する必要があったでしょうか。

最終的には直接対決の結果も物を言う残留争いのライバル達ではなく、残留にさほど直接は関係ないと見られていたアラベスを相手にムキになってゴールを重ねる必要があったでしょうか。

いざ追い詰められたような状況になり始めて、わざわざ「恐れを抱くのではなく前を向いて魂を込めたプレーをして欲しいと選手には望む」とコメントしたのはなぜだったのでしょうか。

走れなくなる選手たち

僕もTwitter上で交流する日本のセルタファン達も、試合を重ねるごとに「まともなプレーをする時間」がどんどん短くなっていくことに気づいていました。

中2日、中4日という日程で、1ヶ月の間に11試合。1週間に2試合を行うスケジュールの中で体力的に厳しくなることはわかっていましたが、終盤にかけてセルタの選手たちが見せる姿は、例えばマジョルカやレガネスの選手たちが終盤にかけて見せる姿とはあまりにも対照的なものでした。

後半に入ると途端に走れなくなる選手たち。

足は止まり、ボールは回るだけ。

かといって終盤に火事場の馬鹿力的に突っ込んでいくわけでもない。

アディショナルタイムに一瞬のスキを突かれてオサスーナに敗戦し、中途半端なディフェンスの前に入られてレバンテに3点目を取られ、挙げ句10人を崩せずに敗北する様を見て、日本でもスペインでも外野からは「セルタが降格してマジョルカかレガネスが残留すべきだ」という声が聞こえてくるようになります。

現地のセルタファンはほぼパニック状態のようになり、ヒステリックな悲観論がTwitter上でも目立つようになりました。

視点と解釈、そして経験の違い

今だからこそ考えられることなのだろうとは思います。後付の理由だと言われればそうなのかもしれません。

僕の目には、オスカルがある程度こうなることを予測していたのではないかと思えるフシがあります。

1.冬の移籍におけるコメント

冬の移籍市場での選手獲得時、あるいはその少し前から、オスカルは「監督ができることは試合中は少ない。プレーする選手たちの中から積極的なリーダーシップが発揮されなければ」という意味合いのコメントを出していました。

「監督に求心力がないのでは」とする見方もありましたが、オスカルの言うことには一理あります。

どんなに綿密に戦術を練り上げても、実行する選手たちが率先して行動しない限りそれは意味をなしません。各ポジションで、チームとして統一しようとする戦術や意識をしっかりと理解している選手がいることにより、チームは初めて集団として機能します。

確かにオスカルが就任する前も後も、アスパスとラフィーニャ以外に明確な意思と動きで局面を打開できそうな選手はセルタにいませんでした。

2.「11試合続く”決勝戦”」というコメント

再開が決まってからというもの、オスカルは徹底して勝ち点や順位の話を記者から質問されてもあえて答えずに濁してきました。

その上で返した返答は常に「我々は11試合続く”決勝戦”の最中にいるのだ」という抽象的、あるいは哲学的なものでした。

プレッシャーのかけかたというのは人によって違いますし、そもそもプレッシャーをかけていい相手とかけないほうがいい相手という2種類の相手がいます。その見極めはいつでも難しいもので、間違えると取り返しのつかない事態を招くこともあります。

結果から見てみれば、オスカルはあえて先のことを話さず目の前の事象に集中させることで選手たちのプレッシャーを取り除こうと試みていたのかもしれません。

3.走れない選手たちと尻すぼみになった結果

試合を重ねるごとに走れなくなる選手たちと、積み上がらない勝ち点。

「一体どうしたんだ」と周囲は騒いでいましたが、そもそもオスカルはこうなることを予測していたのではないでしょうか?

序盤の数試合、他チームの試合を見て僕が思ったのは、「意外と仕上がっていない」ということでした。そして振り返ってみればチームトレーニングが再開してからのセルタは約2週間近くをフィジカルトレーニングにあて、ボールを使ったトレーニングをかなり後回しにしていました。

再開後のスケジュールを再確認してみましょう。

第28節:ビジャレアル

第29節:バジャドリー

第30節:アラベス

第31節:レアル・ソシエダ

第32節:バルセローナ

第33節:マジョルカ

第34節:ベティス

第35節:アトレティコ

皮算用として勝ち点が計算できそうなのはバジャドリー、アラベス、マジョルカ、そしてベティスの4チーム。ビジャレアルは正直どんな結果になるか予想ができませんでした。

少なくとも決して調子がいいとは言えないバジャドリーとアラベスからは何とか勝ち点を奪って18位以下に1ポイントでも差をつけたい。

強豪との試合を後に残す18位以下のチームに対しては、そうすることでプレッシャーをかけられる。

オスカルはそう考えていたのではないでしょうか。

事実、セルタはこの8試合24ポイントのうち、2勝2敗4分で10ポイントを確保しており、褒められたものではありませんが悲惨な結果というわけでもありません。誤算だったのはマジョルカとの直接対決に敗れたことぐらいですが、バルサ、ベティス、アトレティコから勝ち点を奪ったことを考えれば許容できる敗戦と言えなくもないでしょう。

つまり、

  1. リーダーシップが足りない若い選手達
  2. 中断明けでフィジカルが整い切らないうちに組まれた与し易い相手
  3. 終盤にかけて増大するであろう経験不足の選手が感じるプレッシャー
  4. 残留争いをするライバルの終盤日程

などを総合的に考慮して、「中断明けの数試合でスパートをかけて逃げ切る」というのが、オスカルのいう「11試合続く”決勝戦”」に対するゲームプランだったのではないかと思うのです。

序盤に勝ち点をある程度稼げれば余裕が出る。余裕が出れば相手の弱みを冷静に突けるようになる。プレッシャーを感じる対戦相手が前に出てきたところを仕留めれば更に楽になる可能性がある。

そんな展開が理想的である、とオスカルが考えていたのだとしたら、僕の中では辻褄が合います。

まだ状況的には多少余裕があり、自力でどうにでもなる状況だったにもかかわらず騒ぎ始めた周囲を戒めるように「選手たちは勇敢になってほしい。前を向いて魂を込めたプレーをして欲しいと思っている」というコメントがオスカルから発せられ、これを「選手を見下している」というように見る意見もあったようですが、僕はそうは思いません。

これまでの経緯からすれば「まだ慌てる状況じゃないから落ち着け」という意思の現れだっただろうと僕は受け取っています。

周囲に流されて選手たち自身が萎縮してしまったということになるので、その意味ではたしかにシナリオとしては崩れたのかもしれません。

ただし、流れとして大きく崩れたわけではなかったでしょう。そうでなければセルタはもっと負けていたはずです。

現地スペインのファンによる批判

辛くも残留を決めたセルタは、これで8シーズン連続でプリメーラ・ディビシオンに留まることになり、1992年から2004年までの12年間連続に続く長さのプリメーラ在籍となります。

しかし現地ビーゴのファンからはオスカルに対する批判が噴出しており、シーズン終了を待たずして契約延長が締結されたにもかかわらずオスカルを解任するよう主張するファンも現れています。

終盤に1勝もできなかったこと、2年連続で残留争いをすることになったことなどを理由にあげているファンが多いのですが、そもそも残留争いはオスカルとは無関係です。

フラン・エスクリバの時点で残留争いに巻き込まれ始めていましたし、そのフラン・エスクリバと経営陣が話し合って獲得した選手でシーズンをスタートしています。

終盤に1勝もできなかったことは確かですが、目的は1勝ではなく残留だったわけであり、その意味でオスカルは目的を達成した監督であることはれっきとした事実です。

また、エスクリバのチームよりも攻撃面では多少改善されたことも事実であり、その意味ではチームを前に進めたという結果は残しています。

現地ビーゴのファン達は「こんな結果で終わるはずがないチームなのに」と言いますが、実際には「こんな結果」だったわけであり、それがなぜだったのかを考えなければいけません。

「帰還事業」で戻ってきた選手たちは、期待通りだったと言えるでしょうか?

ミナはただはしゃいで浮かれているだけとは言えなかったでしょうか?

デニスはコンディション作りを疎かにしていなかったでしょうか?

負傷離脱の多い2人と対照的にラフィーニャがフル回転できたのはなぜだったのでしょうか?

それらはオスカルと関係はないはずです。

クラブのメディカルチームは変わっておらず、獲得する選手はオスカル以前に決まっていました。

そして対照的に、オスカルが見定めたと言われるムリージョとスモロフは見事にチームの一助となり残留に一役買いました。

「ヨーロッパリーグで準決勝まで行ったクラブが情けない」

と現地のファンは言いますが、「それがどうした?」というのが僕の本音です。

サン・シーロでミランに勝ち、アヤックスにも勝利し、チャンピオンズリーグ初出場でラウンド16まで進んだチームですらあっさりと降格しました。

ベリッソはいませんし、ベリッソも何も勝ち取ってはいません。

97年間に及ぶ歴史の中で、セルタが何かを勝ち取ったり、拠り所にできるような何かを築き上げてきたでしょうか?

答えは否です。

10年間負債を返し続けてようやくこれから本格的に立て直しを図ろうとしているクラブ。それがセルタ・デ・ビーゴなのです。

卑屈になる必要はありませんが、過剰な自信は目を曇らせます。

僕の目には、今騒いで目立っている現地ビーゴのファンの一部は、身の程をわきまえずに物を言っている人物であるように映るのです。

総括:来シーズンに向けて

曖昧な言い方になるかもしれませんが、様々な意味でのミスマッチが今シーズンのセルタが不振だった大きな理由だったと僕は思っています。

まずは監督。そもそもフラン・エスクリバで続投させるなら彼のカウンター戦術に合致する選手の獲得が優先されるべきでした。

よりウインガータイプの選手や、マキシ・ゴメスに代わって「9番」としての役割を忠実にこなせる選手が必要でした。

ともすればただの「同窓会」に陥ってしまう可能性があるメンバーを叱り飛ばして尻を叩く存在がチームにいなかったことが明らかになりました。イアゴ・アスパスやウーゴ・マージョではその役割を果たせなかったということになります。

そんな中でも14ゴールをあげたアスパスの存在感は絶大ですが、彼以外に攻撃の軸になる選手が最後まで現れませんでした。

そうだったとしても、中盤で早いタイミングでボールを奪い、早いカウンターを徹底できればよかったのですが、そんな役割をこなす潰し役はセルタにいませんでした。

逆を言えば、2020−2021シーズンのセルタは上記を解決できれば改めてスタートを切れるのではないか、と僕は考えています。

そしてクラブはそれを恐らく理解しており、そのためのアルバロ・バディージョとレナト・タピア獲得であるのだろうと僕は見ています。

1600万ユーロ(約19億円)と言われるラフィーニャの移籍金捻出が難しいのではないかと言われていますが、支払いそのものに問題はないでしょう。

問題はその金額の使い道です。

ラフィーニャが問題解決なのでしょうか?

違います。

問題は多岐にわたっており、複数のポジションに解決策が必要です。

もしラフィーニャを買い取っても現在の問題が解決できないのであれば、それは浪費でしかありません。

シーズンを通じてセルタは下記のスタッツを記録しています。

パス成功率80.46%
総クロス数441
総パス中クロス率15.65%
ボール保持率52%
エリア内ゴール数31
エリア外ゴール数6
セットプレーからのゴール数3
PKでのゴール数9
PKでのゴール率66.7%

改善すべき点は明らかです。

州内におけるマーケティングの観点からも、全体的な経営の観点からも、セルタは降格するわけにはいきません。来シーズンもその次もです。

そのためには改善できる点に全力を傾け、そうでないものは諦める必要があります。

感情的にではなく、論理的なチーム改革が求められる状況が現在のセルタにはあり、そして少なくともクラブ経営陣はその方向に舵を切りつつあるように見えます。

であるならば、僕達ファンも更に冷静な視点でチームとクラブのあり方を見ていく必要があるでしょう。

2020−2021シーズンのセルタが、少し生まれ変わったような姿で現れることを、僕は静かに願っています。

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