【セルタ】クラブの「一貫性」とは、いつの時点で語れるものなのか?

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「一貫性」の観点から見るセルタ・デ・ビーゴというクラブ

【一貫性】
最初から最後まで矛盾がない状態であること。同じ態度持続すること。 「 -に欠ける」

「一貫性(いっかんせい)」の意味や使い方 Weblio辞書
最初から最後まで、ブレずに芯が通っていること。Weblio国語辞典では「一貫性」の意味や使い方、用例、類似表現などを解説しています。
「一貫性」という言葉を調べてみると上記のような意味が出てきます。
やっていることや言っていることが論理的に破綻しておらず、同じ主張や方向性を維持している状態のことでも使う言葉です。
プロサッカークラブについて考えるときにもこの「一貫性」という言葉はしばしば使われることがあります。
例えば戦術。
例えば育成方針。
例えば選手の獲得方針。
などなど項目は多岐にわたります。
多岐にわたるということは、「一貫性」のある無しというテーマには様々な観点があり、上記で言えば「戦術に一貫性はあるが選手の獲得方針には一貫性がなく、それが原因で育成方針に一貫性が生まれていない」というような主張も生まれる可能性があるということになります。
ただし、こういった議論がプロサッカークラブの一貫性について語る際に適切な論じ方なのかということについては、個人的には間違ってはいないものの正しくもないのではないかと僕は思っています。
そのクラブが「どこに一貫性をもたせようとしているのか」という前提条件がはっきりしない以上、外野が論じたところであまり意味がないのではないか、と思うからです。
では、セルタ・デ・ビーゴに目を向けてみた場合、果たしてセルタに「一貫性」はあるのでしょうか。
そのことを考えるために面白い対談動画を見ることができたので、考えてみたいと思います。

Radio MARCAのセルタ担当記者が考えるセルタの「一貫性」

¿ES ASPAS EL JUGADOR MÁS IMPORTANTE DE LA HISTORIA DEL CELTA? | Con Abraham Romero

Radio MARCAのセルタ担当記者アブラム・ロメーロ氏と、スペインのスポーツジャーナリスト兼YouTuberのミゲル・キンターナ氏の対談動画です。

この動画でキンターナ氏とロメーロ氏は、「イアゴ・アスパスがセルタの歴史上最も優れた選手だと言えるかどうか」についての議論からスタートしています。

90年代前半〜中盤にかけてのヴラド・グデリ、90年代後半〜2000年代初頭のアレクサンデル・モストヴォイの2名が、これまでのセルタの歴史において最もクラブに貢献した優れた選手の両巨塔だと言われていましたが、キンターナ氏もロメーロ氏も昨シーズンの獅子奮迅の活躍を通じて、アスパスがその2名に匹敵する存在に昇華したと結論付けています。

この点については僕も個人的に異論はありません。

アスパスがいなかったら昨シーズンのセルタは間違いなく降格していたでしょうし、その危機を救ったのがアスパスだったというのは僕でなくてもすべてのセルタファンが同意することだろうと思います。

キンターナ氏はこの点について「カンテラ出身で一度クラブを出ていった選手が戻り、負傷で離脱している間に降格圏に沈んだチームを、復帰と同時に救う」という劇的なドラマ性とクラブへの追随性によって、ファンにとってはゴールを決める決めないという結果論を超越した存在に変化した、と分析。

ロメーロ氏もこの点に同意しており、補足として

アレクサンデル・モストヴォイのプレーはいまだにセルタファンの脳裏からは削除できないアイコンのようなものであるには間違いない。UEFAカップでの躍進、アストン・ヴィラやリヴァプールをアウェーで破るという快挙、コパ・デル・レイ決勝に導き、チャンピオンズリーグ出場を成し遂げたモストヴォイをファンが忘れることは絶対にないだろう。

しかし、彼はチームの降格を救えなかった。ビーゴからの去り際も美しいと言えるものではなかった。

結果を残し、歴史を作った選手であることは間違いないが、しかし彼はチームを救うことなく去って行ってしまった。

と述べています。

ある意味でこれは結果論でしかないとも言えるのですが、しかし一つの見方としては興味深いものだとも言えます。

現在フラン・エスクリバとともにセルタのベンチに座りアシスタントコーチを務めるヴラド・グデリは90年代初頭のセルタの昇格の立役者となることでビーゴ市民とセルタファンにとっての英雄となりました。

昇格後はUEFAカップの出場権獲得にも一役買い、そういった意味ではロメーロ氏が言うように「チームを救った」という実績があります。

それに対してモストヴォイは強豪チームを打ち破りセルタの名前を欧州に響かせる主役となっていたことは事実ではありますが、グデリのように昇格の立役者になったというような経験はありません。

チャンピオンズリーグ出場を成し遂げた際の立役者として、モストヴォイは間違いなくその1人ではありますが、「苦境からチームが浮上するための何かを成し遂げた」ということとは少し種類が違います。

すでに前提としてUEFAカップでのプレーや実績が当時のセルタにはあり、それを1段階上のレベルにまで引き上げる一助となったのがモストヴォイを始めとする当時の選手たちであったことは間違いありません。

ロメーロ氏が言わんとする事は、つまりセルタファンにとっての「英雄的行為」とは「チームを窮地から救う」ということに結びつく行為だということです。

そしてそれを成し遂げる選手がクラブに在籍する期間が長かったり、あるいは無名の時代からセルタで育ってきた選手であればあるほど、セルタファンはその選手に愛情を注ぎ英雄視しがちな傾向がある、ということでしょう。

ある意味ではこれがセルタファンの「一貫性」であるとも言えるわけです。

セルタ番記者が考えるベリッソのセルタの「功罪」とは

キンターナ氏とロメーロ氏がアスパスをセルタの歴史上最も優れた偉大な選手だと断言する理由は前述の

「カンテラ出身で一度クラブを出ていった選手が戻り、負傷で離脱している間に降格圏に沈んだチームを、復帰と同時に救う」

というセルタファン好みのストーリー性によるところが大きいということはすでに述べたとおりです。

ここにアスパスのセルタに対する「一貫性」のようなものがあるというところから、彼らの話はエドゥアルド・ベリッソが指揮した時代のセルタに及びます。

ロメーロ氏の見方では、セルタから移籍したアスパスがベリッソの時代にセルタに戻り、選手として一皮むけた存在に変化したことと、ベリッソが作り上げたセルタの残した結果、及びベリッソ時代の選手達との相関関係に注目すべき、との意見が出ます。

ロメーロ氏の意見は、

ベリッソはたしかにUEFAカップでセルタを準決勝まで導き、安定したチームを作り上げ、ビクトル・フェルナンデスのセルタ時代を彷彿とさせる成績を残すことに成功した。

しかし、その成績と引き換えにセルタがクラブとして失ったものがある。それは”時間”だ。

移籍でかつてのように各国の代表クラスの選手を安価で獲得し、戦力を整えることで実績は確かに残すことができた。

しかし、あのときの選手が今何人セルタにいるのかを考えてみると、果たしてそれがクラブの「財産」として受け継がれているのかについては疑問を持たざるを得ない。

例えばピオネ・シストをセルタはプレシーズンの間中ずっと売りたがっていたが、彼はベリッソ時代に重宝されていた。ヨーロッパリーグでも結果を残すなど実績的には問題がないはずだ。

あの時代に何人のカンテラ出身者がデビューできたか?

結果を求めるあまりにクラブとしても育成方針に関する一貫性を失っていた時代ではないかと自分は考える。

という趣旨のものです。

これについても僕個人としてはうなずける面もあるのですが、全面的に賛成というわけにもいきません。

この意見はあくまでも試合結果などから逆算で考えた意見であり、「クラブとしての一貫性」という観点でみれば極一部の次元でしか語られていないからだと思うからです。

セルタがクラブとして持つべき「一貫性」とは

では、大局的な見方をした場合のセルタにおける「クラブとしての一貫性」とは何なのでしょうか。

僕は2006年に現会長カルロス・モウリーニョが会長職に就任する時点ですでにセルタを見ていました。

そして就任の際に彼が口にした「カンテラ出身選手がトップチームのスタメン半分を占められるようなクラブたり得るようカンテラ主義を推進する」という彼の抱負を目にしたとき、僕の感想は「ああ、そうなれたらどんなにいいだろうね」というものでした。

実際のところは「そうであればいい」とは思いつつも、カンテラからトップチームで通用するような選手を排出し、なおかつプロとして定着させることがどれだけ難しいことなのか、僕もただのファンではありながらそれまで見てきた各クラブにおける様々な事例を見て理解していたつもりだったからです。

「カンテラの宝庫」「世界最高のカンテラ」とまで言われることも多いバルサのカンテラ出身選手ですら、トップチームにたどり着き、第一線級のプロ選手として成功できる選手は限られています。

たまたまシャビ・エルナンデスやカルレス・プジョール、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシなどのビッグネームがここ20年間で次々と現れたために上記のような言われ方をすることもありますが、あれだけの設備や環境を整えてすら、この20年間でバルサのトップチームにたどり着き、例えばスペイン代表に選ばれるほどの実力を身に着け、なおかつ長年に渡ってバルサでプレーできるようになった選手はほんの一握りに過ぎません。

選手の育成とはそれだけ難しいプロジェクトであり、そんな難しいプロジェクトをセルタのような「たかが地方の中小クラブ」が掲げるのは、身の程知らずもいいところだ、というのが僕の偽らざる本音でもありました。

しかし振り返ってみれば、モウリーニョはこの13年間で一度もそのスローガンを曲げていません。

今シーズン開幕前にデニス・スアレスやサンティ・ミナをからめ手とも言えるようなやり方で無理やり戻したことからも分かるように、モウリーニョは本気でカンテラ出身者を中心にしたクラブへセルタを変貌させようとしています。

そして選手の育成にはお金がかかります。

施設。用具。コーチ陣やスタッフの人件費。

トップチームが弱ければカンテラにも人は集まらず、才能のある子どもたちが集まらなければ当然トップチームにたどり着く選手が育つ確率は減少します。

10歳の才能あふれる子供が現れたとして、プロのトップカテゴリーで通用するような肉体レベルに至るまで、最低でも6年〜8年は必要でしょう。

そのための体作りにどこまで資金を投入するのか、それを判断するのをいつにするのか、本当に彼でいいのか?などなど、1人の選手の成長過程においてすら様々な検討事項が山程出てくるはずです。

そして才能がある子どもをセルタに迎えることができたとしても、トップチームがプリメーラ・ディビシオンにいなければ、「セグンダは嫌だ」と出ていかれるリスクが常に付きまとうことになります。

そのためには何が何でもトップチームはプリメーラ・ディビシオンにいなければなりませんし、ある程度の目立つ結果も残さなければなりません。

地味であってもいけませんし、降格などもってのほか。

カンテラの選手が憧れるレベルのチームであることを継続する必要もありますし、「自分もいつかあそこでプレーするのだ」と目標にされるようなレベルの試合を見せる必要もあります。

つまり、たしかにベリッソのセルタは一過性の結果主義に走ったようには見えるのかもしれませんが、そもそも前提条件として「全ては数年後、数十年後にカンテラ中心のクラブであるため」ということを考えた場合はどうでしょうか。

基準となる話が「カンテラ主義」であるならば、それが実現されるまでの間にやってきてはいなくなる移籍による加入選手達が何人いようと、最終的にカンテラで育成されている選手たちが憧れられる結果や存在を見せることさえできていれば、それは問題ないという判断になりはしないでしょうか。

僕はどちらかといえば、ロメーロ氏の話を聞いていて上記のような感想を持ちました。

カルロス・モウリーニョが掲げる「カンテラ主義」は一見ロマン主義的なスローガンにも聞こえますが、実際には果てしのない永遠に続く投資サイクルでしかないと僕は考えています。

一度始めてしまったら止めるわけにはいかない。

止めてしまったらまた動かすまでに相当な時間を必要とする超長期的な投資プロジェクトです。

実は、この事自体が大物選手を1人獲得するよりも労力と総合的な金額が必要とされる計画でしょう。

そう考えれば、まるで使い捨てのように何人もの選手を獲得しては売り、報酬の話を頑として受け付けずに予算内で契約できる監督だけと契約しながら、金額以上の結果を求めてきたセルタ経営陣の要求は理にかなったものだと言うこともできるのです。

もしもセルタが動かしようのないポリシーとして「一貫性のある」カンテラ主義実現計画をクラブの有り様として前提条件に据えているのであれば、どんな監督や選手の実績や経験よりも、見せかけでも構わないなにがしかの結果と、セルタのカンテラで練習を続ける子供や若者が「自分もいつかあそこにいくのだ」と思える環境が最も大切だからです。

この記事で述べた僕の見方も、当然のことながら仮の前提条件に基づいたものですし、この意見すら「外野の好き放題な意見」でしかありません。

しかし、こう考えればものの見方にいくつかのパターンをもたせることができるということはおわかり頂けるのではないかと思っています。

デニス・スアレスとサンティ・ミナの獲得を皮切りに再びセルタが声を大にして言い始めた「カンテラ主義」によるクラブづくり。

もしかしたらモウリーニョの頭の中には、今シーズンこそがその始まりの一端になるべき、という思いがあるのかもしれません。

今シーズンのセルタを、僕はそんな観点からも見ていきたいと考えています。

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