コロナによる中断直前のセルタ 〜冬の移籍による改善の兆し〜
勝てもしなければ点も取れないというろくでもない状況だったセルタにおいて、ラフィーニャという新たなリーダーが登場。
クラブ経営陣は冬の移籍市場でファンの懸念を解消するような移籍も実現させました。
スタニスラフ・ロボツカをイタリアのナポリに売却し、同時にサンプドリアからコロンビア代表DFジェイソン・ムリージョ、ロコモティフ・モスクワからロシア代表FWフョードル・スモロフ、カリアリからクロアチア代表MFフィリップ・ブラダリッチを獲得。
特にムリージョは強靭さとスピードを兼ね備え、国際舞台での経験も豊富という背景もあってオスカル監督からの期待も大きく、ファンも同様に期待を寄せることになったのです。
オスカルは冬の移籍で獲得した選手たちに関するコメントの中で、
各ポジションに核となるリーダーシップを発揮できる選手がほしいと思っていた
と発言。
FWのラインにはアスパス。
中盤にはラフィーニャ。
少なくともピッチ上で2人のリーダーがいる状態になっていたセルタでしたが、ディフェンスラインにも明確なリーダーが欲しいのは確かなことでした。
ジェイソン・ムリージョ:寡黙なリーダーシップ
2018−2019シーズンを最後に退団したアルゼンチン人DFグスタボ・カブラルは長くセルタの最終ラインを支えることとなり、ファンからの信頼も厚かった選手です。
感情を表に出し、激しいプレーで自分の意思を周囲に表すこともできる選手だったため、彼のプレーを見ていれば他の選手達は「今何をしなければいけないのか」をはっきりと自覚することができていたことでしょう。
2019−2020シーズン序盤からセンターバックコンビのレギュラーとしてプレーしていたメキシコ代表DFネストル・アラウホとガーナ代表DFジョセフ・アイドゥーは、国際レベルで通用するいい選手であることは間違いありません。
特にアイドゥーはスピードも強さもあり、空中戦での安定感もある選手です。
アラウホは外見とは裏腹にクレバーな守備を披露し、落ち着いた雰囲気の安定感を持った選手。
しかし、両名ともにリーダーシップを発揮するタイプとは言えませんでした。
バレンシア、バルサであまり出番に恵まれず、インテル時代に見せた果敢なディフェンスは鳴りを潜めたのかと思われていたムリージョ。
正直なところ、僕自身は少し懐疑的な眼差しで彼がビーゴに到着するニュースを見ていたのですが、いざピッチに立ってみるとその勇猛さに驚きました。
印象的だったのは加入記者会見での非常に理知的で落ち着いた話し方です。
コロンビア人であるムリージョは、コロンビア国内第3の都市であるカリ出身。芳醇な香りと深い味わいを持ちながら、低カフェインでリラックスにも適したコロンビアのコーヒー栽培を担う代表的な地域の一つであるバジェ・デル・カウカには、漫画や映画で描かれそうなステレオタイプな性格の人々が多くいます。
踊り、歌い、飲む。そしてその傍らにサッカーとコーヒーがある、というような「いかにも南米」といった風情のカリ出身者としては珍しく、ムリージョが記者会見で紡ぎ出す言葉の数々は熟慮を重ねられた深みのあるものでした。
記者会見での物静かで思慮に富んだコメントとは裏腹な激しいプレーでありながら、しっかりとポジションを押さえた上で正確にボールへチャレンジする彼のタックルや空中戦での強さは、チームの後方に一本の芯を植え付けました。
ムリージョの加入によって落ち着いたアラウホとGKルベン・ブランコは以前よりも好プレーを繰り出すようになり、ジョセフ・アイドゥーは完全にベンチに追いやられていったのです。
フョードル・スモロフ:待ち望まれた「9番」の到着
セルタがその歴史上最も輝いていた1998年から2005年までの間、チームを支えたのはアレクサンデル・モストヴォイとヴァレリー・カルピンという2人のロシア人でした。
1990年代からラ・リーガを見続けているサッカーファンなら恐らくほとんどの方が覚えているであろうこの2人の活躍は、97年間に及ぶセルタの歴史において一瞬の眩い煌きとして僕達セルタファンの脳裏に焼き付いています。2人とも2002年ワールドカップに出場し、カルピンは日本が初めてワールドカップで勝利したロシア戦にも出場していました。
それはともかく、モストヴォイとカルピンの影響なのか、セルタファンはロシア人選手に不思議な親近感と信頼感を持っています。
はたして、スモロフはセルタでラ・リーガにデビューし、それを見た僕は上記のようなことを当時のブログに記しています。
サイドの選手によるインナーラップや、同じサイドでの入れ替わりを行いながらの攻撃が少なかったのは確かではありますが、シーズンが終わった今なら前線・中盤・最終ラインを繋ぐ様々なプレーのパーツが微妙にそれぞれ欠けていたことが今シーズンのセルタにとって問題だったことがわかります。
それでも何とか個人の力が合わさって崩壊せずにいられた守備陣と違い、攻撃面ではスモロフ加入まで打開策が何なのかを誰も打ち出すことができずにいました。
スモロフがやったことは非常にシンプルです。
トップでボールを収める。サイドでもボールを収める。必要であれば抜け出す。ゴールが見えたらシュートを打つ、もしくは打つ素振りを見せる。
ボールが落ち着いて収まることで、ミナとアスパス、ピオネ・シストはその周りを衛星的に動き回って自分の良さをより出せるようになりました。スモロフがボールを収めてくれるようになったことによって、チーム全体の視線がより相手ゴールを正面に捉えるようになったイメージと言えばわかりやすいかもしれません。
いきなりゴールを決めたわけではありませんし、突然変異的に攻撃が活性化したわけでもありません。
しかし、スモロフの加入と彼のプレーは、確実にセルタの攻撃を変え始め、そしてそれは2月のサンティアゴ・ベルナベウで一つの結果をもたらすことになるのです。
開きかけたつぼみに背を向けて
第24節のレアル・マドリー戦前、ホームで行われた第23節セビージャ戦を終了間際での逆転ゴールで勝利していたセルタは、その後3月8日の第27節まで負けなし。5試合を2勝3分と波に乗り始めます。
特に第25節のレガネス戦は開始早々にフィリップ・ブラダリッチが退場処分を受けるものの、イアゴ・アスパスがしぶとくゴールを決めて1−0で勝利。
続く第26節グラナダ戦、第27節ヘタフェ戦はアウェーの連戦となりましたがこの2試合も無失点で切り抜けました。
続く第28節は前半戦にアウェーで1−3と勝利したビジャレアル。2018−2019シーズンの後半戦、復調のきっかけとなったホームでの試合を思い起こさせるめぐり合わせにファンは期待を膨らませ、ここから残留を確実なものにするための戦いがクライマックスを迎えるのだと、誰もが思っていました。
新型コロナウィルスの全世界的な感染拡大が予測されるようになり、3月の試合を順延する可能性について取りざたされた始めていましたが、当初は「無観客か、2週間の順延か」という程度の議論でした。
各チームの選手たちも監督たちも、「サッカーは観客があってのもの。観客の存在も試合の一部だ」というコメントを発し、特にホームで地元のファンによる声援が必要とされているセルタのようなクラブにとって、ホームゲームが無観客になることはなるべく避けたい事態だったのは確かです。
それは経営面でもそうですし、競技面でも同様です。
良くも悪くも、近年のセルタを取り巻く環境は、僕が現地にいた20年前と大きく変わりました。
全力でチームを応援するファンが増えましたし、いわゆる「無償の愛とサポート」をチームに注ぐファンの割合は20年前と比較して比べ物にならないほど大きくなっています。
それが故に2018−2019シーズンのセルタファンは、「A NOSA RECONQUISTA=我々のレコンキスタ」とクラブが銘打った残留に向けたチームのキャンペーンと連動してみせた献身的な行動により「ラ・リーガで最も感動的なファン達」という評価を受けるまでになったのです。
そんなファンがいないホームゲームで重要な試合を行う。
わざわざ底抜けにポジティブなサポートをしてくれるファンと共にプレーできる機会を手放す選手や監督がいるものでしょうか?
「無観客試合をやるぐらいなら順延したほうがいい」
とオスカルがコメントしたのも当然のことでした。
このことが、そのままだったら花開いていた「かもしれない」残留に向けた花のつぼみを、みすみす枯らしてしまうことになるとは、もちろん世界の誰もわからないことでした。
コロナによる中断
スペイン国内のみならず、欧州各国や世界各国において国家非常事態宣言が発令され、いわゆる「ロックダウン」と呼ばれる都市封鎖と自宅待機命令、そして移動禁止命令が出されて以降、サッカーが世界から消え、世界は止まりました。
コンディションを落とさないため、いつリーグ戦が再開されてもいいように、と自宅で行えるトレーニングメニューの指導がコーチ陣から各選手たちに伝えられ、選手たちは自宅での個人トレーニングを続けます。
「個人トレーニングをコーチの指示によって行う」
と言えば聞こえはよく、素人からすれば「これでコンディション維持は多少できるだろう」と思いがちですが、そんなはずはありませんでした。
ボールを使った実践的なトレーニングはゼロ。いくら日本より広めの家とはいえ、プロレベルのプレーを十分に行えるほどのスペースを持つ自宅を保有する選手などごく一部しかいません。
スペイン以外の国からやってきた外国籍選手の中にはいわゆる「単身赴任」状態の選手もいますし、実際にセルタにおいてはスモロフやシストがそうでした。
結果的にスモロフもシストも家族やパートナーの問題でスペインを無断出国するという強硬策に出ることになるのですが、これを軽率と責めることは誰にもできないだろうと僕は思います。
オスカルはスモロフとシストのニュースを耳にし、「私自身もここでは1人だが」と言いつつも、彼ら2人への糾弾の言葉は口にしませんでした。
未知の感染症がパンデミックを起こし、感染が直接そのまま死に繋がるのか、回復の手段がどれほどあるのかもわからない。そんな状況の中で「プロなら契約に従え」と言えるものでしょうか?
もちろん他にも様々な事象はこの時すでに世界中で起きており、僕自身も大きなリスクを感じてこの直前に日本へ帰国するという選択肢を取っていましたから(帰国に関して日本で規制が始まる前の段階です)、スモロフとシストの気持ちはなんとなく理解ができました。
何より、そういった様々な事象を通じて、僕は「もはやスポーツの話ではなく、生命の尊厳の問題になったのだ」ということを実感したのです。
点が取れないとか、攻撃の形がどうとか、ラフィーニャの移籍金が出せないとか、そんな話はもはやどうでもいいとさえ言える状況でした。
とにかく皆で生き残ろう。
もしいつかリーグ戦が再開するのなら、誰も欠けずにバライードスのピッチに現れて欲しい。
全セルタファンがほぼ同じ気持ちだったでしょうし、各チームの各ファン達も同じ感情をどこかで共有していたのではないでしょうか。
まるでハリウッドの大作パニック映画の中に入り込んだかのようになってしまった世界の中で、誰もが息を潜めながら毎日を生き延び、それでいながらどこかでひっそりと「その日」を待つことで何か希望のようなものを抱こうとしていたのかもしれません。
そして2020年5月7日。
LFP(スペインプロサッカー機構)とRFEF(王立スペインサッカー連盟)は、6月中旬を目処にリーグ戦を再開させる方向で動く、と発表しました。