ルイス・エンリケ、スペイン代表監督に復帰
スペイン現地時間2019年11月27日、RFEF(王立スペインサッカー連盟)本部においてルイス・エンリケ・マルティネス・ガルシアのスペイン代表監督復帰に伴う記者会見が行われました。
2019年6月に愛娘シャナちゃん(享年9歳)の看病を理由にスペイン代表監督を辞任していたルイス・エンリケ。
2019年8月にシャナちゃんは5ヶ月間の闘病を経たのち、骨肉腫により逝去していますが、RFEFはルイス・エンリケの辞任発表当時から「彼の状況が再び代表監督を努められる状態になった時には常に扉は開かれている」とルイス・エンリケに代表監督復帰の可能性があることをほのめかしていました。
ルイス・エンリケの辞任に伴い、スペイン代表監督にはローマ、セルタ、バルセローナで共にスタッフとしてコーチングスタッフを組み、スペイン代表でも第2監督を努めていたロベール・モレーノが昇格。ルイス・エンリケの路線をそのまま引き継ぐことでEURO2020に向けた予選を戦うことになっていました。
ロベール・モレーノに率いられたスペイン代表は順当にEURO2020予選を突破し本大会出場が決定。
10月頃からスペインの各メディアでは「本大会出場決定後にロベール・モレーノは再び第2監督もしくはアシスタントコーチに戻り、後任監督が就任するのではないか」との噂が流れ始め、ルイス・エンリケが復帰するか、あるいはアベラルド・フェルナンデスやキケ・セティエンのように国内リーグで結果を残した経験があり評価の高い監督が就任する可能性も取り沙汰され始めていたのです。
こうした噂が出ることそのものは不思議なことではないと僕は考えていました。
なぜなら、ロベール・モレーノはクラブチームでの監督経験が無く、それはすなわち「”監督としての”国際経験が根本的に不足している」ことと同義だったからです。
クラブレベルでもよく見られる光景ですが、国内リーグで瞬間的に好成績を収めたあとに欧州カップ戦に出場したものの結果を残せず不振に陥る監督は少なくありません。
2014年ワールドカップ以降、それまでの好調にやや陰りが見えていたスペイン代表とRFEFにとってはバルセローナで国内国外問わずに結果を出してきたルイス・エンリケの監督就任は、ユレン・ロペテギ前監督を巡るゴタゴタにケリを付けて再スタートを切るためには願ってもない転機だったでしょうし、同時に結果も狙える最良の人選だったはずでした。
スペイン代表の強化路線としてはルイス・エンリケが進めようとしていたものを踏襲できればベストというのがRFEFの判断だったことは想像できますし、そのためにはロベール・モレーノの代表監督昇格が最も無難なものだったことも想像できます。
ところが、11月19日に発表されたルイス・エンリケの代表監督復帰に伴い、それまで代表監督としてチームを指揮しEURO2020本大会出場を確定させたロベール・モレーノはコーチングスタッフにも残らず解任されることがわかったのです。
この事実はロベール・モレーノ最後の試合となった2019年11月18日のEURO2020予選ルーマニア戦後、ロベール・モレーノが涙ながらに選手達に別れを告げ、記者会見もキャンセルになったことで世間に知れるところとなりました。
当日夜からスペインのメディア、特にラジオなどでは連日のようにこの裏側で何が起きていたのかが語られるようになり、ルイス・エンリケとロベール・モレーノの不仲説やRFEFのルイス・ルビアレス会長が敬意を欠いているのではないかなど、様々な議論が行われていましたが、結局どのメディアも最終的には「11月27日に行われるルイス・エンリケの記者会見を待つしかない」という結論に落ち着いているようでした。
2019年11月27日:ルイス・エンリケ記者会見
スペイン最大のスポーツ紙MARCAが報じ、動画も公開されている11月27日に行われたルイス・エンリケの記者会見要旨は下記の内容です。
家族に関する発言は記者会見の後半にありましたが、敢えてそこは訳さずにサッカーとスペイン代表、そしてロベール・モレーノ前監督に関する部分のみを訳しました。
今日は私にとって特別な日であり、私の家族にとっても同じだ。なぜならいるべき”家”に私が戻った日であるからだ。
メディアの関心事としてこの数日の間に起きた出来事に注目が集まったこともわかっている。私はその議論の渦中にいる人間であるが、このことについて語る義務があるだろうとも感じている。なぜならその議論そのものは私と共に仕事をしていた人間によって引き起こされたものだからだ。
まず第一に、ロベール・モレーノが今後私のスタッフにいないことの唯一の責任は私にあると断言しておく。RFEFのルイス・ルビアレス会長でも、スポーツディレクターのホセ・フランシスコ・モリーナでもなく、私だ。
9月12日に私はロベール・モレーノと私の自宅で会議を行った。20〜30分程度の短いものだ。その最中に彼はEURO2020本大会で指揮を執りたいと言った。そして本大会終了後に”もし私がそう望むなら”、代表監督の座を私に譲り彼自身は私の第2監督に退く用意があるとも言った。
私にとっては驚きではなかった。彼がそう思うようになるだろうと私は思っていたからだ。
だが、こういった行為や発言は私にとって不誠実なものだし、私だったら同じことはしないだろう。私にとって「過度な野心」というものは美徳というよりも大きな欠陥だ。彼の立場を理解はするが、私としてはそれを共有することはできない。
彼に対してはその時点で”私の第2監督としては考えられない”ということ、私が自分自身の中に強さを見出していること、そしていつになるかはわからないが復帰するつもりで仕事をする意欲があることを伝えた。
会議はお互いの尊重と共に終わり、それと同時に私はスタッフ達に電話をし、私と彼双方の意見があったことを伝えた。人づてに間違った言葉が伝わらないようにするためだ。それ以降私は代表チーム関係者には電話していないし、何も提案をしていない。
全てが変わったのはサラゴサで行われた10月末の会議でのことだ。最初のいくつかの会話で君たちメディアが私に関して想像を巡らせていたこと全てから開放されたよ。RFEFからは私の復帰に関して関心を示され、私は自分の意見を彼らに表明した。
私自身は自分自身に対して責任を感じているし、一連の話が終わった経緯に関して誇らしいとも思っていない。
私はサッカー界におけるそれぞれの立場は各自の価値を代弁していると考えている。その意味ではルビアレス会長、モリーナSDは常に誠実で正直で真面目なものだと言えるだろう。
選手と話を持つつもりでいるが、代表チームにおいて多くの変更はないだろうし、私のやり方も前監督と大きく異なるものではない。
明確ではなかったかもしれないので改めてはっきりと言っておこう。私はこの代表監督の座にこれから座り続けることになるだろうし、EURO2020でもそうなるだろう。なぜなら連盟が私を指名し、その契約にEURO2020での指揮が含まれているからだ。これが私の物言いだし、他の言い方で経緯を語ることをしたくない。
人生においては他者を知ることによって自身に可能性が与えられることがある。プロとして私はロベール・モレーノを必要以上に批判することはしない。彼自身は代表監督という職務に対して準備のできた人物だ。
いくつかの事柄を口にするまでは私は彼に疑いを持つことはなかったが、行動は別物だったということだ。私は映画の主人公のような善人ではないが、悪人でもない。
代表に関して言えば修正するような事柄は特にない。我々はスタッフも含めて同じアイディアを共有している。同じ手法でこれからも仕事をするだろうし、選手達は落ち着いていてくれていい。それぞれのレベルの働きをするために招集されるだろうし、我々は良いチームを持っている。
私の精神状態はとてもいいし、よく知っている場所に戻ってくることができてとても満足している。今はこれまでやってきたことを引き続き踏襲していく時期であるし、そのことについてやる気に溢れている。
早い段階で私は自分の人生を取り戻すべきだと気づいたし、家族に対して”人生は続くのだ(※)”ということを示したいと考えた。(※98年ワールドカップ敗退後に当時のハビエル・クレメンテ代表監督が使ったフレーズを意図的に使った可能性あり)
連盟はサラゴサでの会議を通して、私が監督として復帰することに意欲があることを認識してくれた。
もちろん私が辞任してから数ヶ月が経っている。辞任した時に心配していたのは誰が代表に残るのかということではなかった。自分自身は常に代表の後ろに控えているという認識でいたからだ。
ともかく、EURO2020でスペインを率いることに誇りを感じている。スペインは優勝候補の一つだし、他にも6カ国か8カ国の優勝候補がいる。私は困難がどんなものかを理解しているつもりだが、それと同時に困難に立ち向かうことに意欲を感じてもいる。
私が離れている間に見てきた代表のことは気に入っていたし、ロベール・モレーノから学ぶべき点も多い。したがって、今後の代表チームについてメディアの皆さんが見て違いを感じることは少ないだろう。もちろん、いくつか私個人のエッセンスは加わるだろうが・・・。それでも同じ代表チームだと思ってもらっていいし、私としても最善をつくすつもりだ。
大きな変更はないし、時には議論なども起こるだろうと理解しているが、個人的にそういった環境は嫌いではない。
記憶の中にある11人が揃えばいいとは思うが、そうはいかないだろう。ともかく次の招集までにじっくりと選手達を見ることが必要だし、選手達も最善のコンディションで次回の招集を迎えてほしいと思っている。
記者会見の発言から読み取れること
上記がルイス・エンリケの記者会見要旨です。
この記者会見が行われる数日前にスペインの大手ラジオ局Cadena SERのサッカー情報番組「El Larguero」では元バレンシアのGKサンティアゴ・カニサーレスなどを招いて討論が行われていました。
議題は主に下記の事柄。
- ロベール・モレーノ解任のきっかけは何だったのか
- ルイス・エンリケ辞任の時点でこうなることが決まっていた出来レースだったのではないか
- そもそもRFEF、ひいてはルイス・ルビアレス会長の管理能力に問題があるのではないか
El Largueroの番組内では11月18日〜23日頃の間、一貫してこの3点が議論されており、どちらかというとロベール・モレーノを養護する趣旨の発言や考察が多かったというのが僕の印象です。
また、ルイス・エンリケよりもルイス・ルビアレス会長の手腕に対する批判的なコメントが割合的には多く出ており、
家族を亡くしたルイス・エンリケの心の傷が癒えているかどうかもわからないのにルビアレスが無理やりルイス・エンリケを呼び戻し、その犠牲になったのがロベール・モレーノではないのか。
という文脈が形成されつつありました。
ルイス・エンリケが記者会見の中で語った
最初のいくつかの会話で君たちメディアが私に関して想像を巡らせていたこと全てから開放されたよ。
という発言は、メディア内で語られ始めていたある種の”疑惑”を払拭する意図もあったのではないかと僕は考えています。
また、ルイス・エンリケが何度か繰り返した「自分は意欲的だ」という発言は、本人の精神状態が回復途上なのではないのか、という疑念とRFEFの無理強いではないかという疑念双方を否定する意図があったとも考えられるでしょう。
この記者会見では一見すると「ルイス・エンリケの表舞台への華々しい復帰」が演出されたようにも思えますが、敢えて穿った見方をしてみると可能性は低いと僕は思っていますが以下のようにも考えられます。
ルイス・エンリケが敢えてこうした発言をすることで自身に注目をさせ、「ロベール・モレーノの不誠実な裏切りとも取れる発言があった」ことを白日のもとに晒す。なおかつ自身の代表監督復帰に関してはRFEFからの要請があったためであり、ロベール・モレーノ解任に至る経緯の正当性をアピールする目的があった。
という見方です。
考えすぎだとは思うのですが、見方によってはこのようにも考えられなくもないのではないか、と僕は思ってしまうのです。
ロベール・モレーノ本人が語る機会は公式の場としては設定されておらず、各メディアが独自にロベール・モレーノへ取材を行っている状態です。
本人は現時点では「我慢してくれ。そのうちきちんと説明する」とコメントし、「自分はルイス・エンリケに対して不誠実な行為をしたつもりはないし、これまでも真摯に向き合ってきた」と発言するに留めています。
MARCAは「このサーカスのような出来事は早くきちんと終わらせるべきだ」という一文を別の記事で掲載しており、「真実は明らかになっていない」という懸念を示しています。
果たしてこの”問題”はいずれ全ての経緯がしっかりと明らかになるのでしょうか?
どこかうやむやのまま忘れ去られていきそうな気もしますが、そうなりそうになった時にロベール・モレーノはどうするのか。
当事者達の思惑とは裏腹に、どこかで再燃しそうな火種を残したままスペイン代表は「再スタート」を切ることになりそうです。