強化されたはずだったセルタの「カンテラ主義」
ラ・リーガ・サンタンデール2019-2020シーズン第25節を終えた時点で17位と残留ギリギリの順位にいるセルタ・デ・ビーゴ。
開幕前にはかつて所属していたものの他クラブへと移籍していた、セルタのカンテラ出身選手達を主力として見据えた再獲得を行い地元のファンを喜ばせました。
セルタファンならわかることですが、2019-2020シーズン前のカンテラ出身選手達の帰還はセルタにとってある意味で特別なものでした。
デニス・スアレス、サンティ・ミナ、ラフィーニャ・アルカンターラ、パペ・シェイク・ディオプの4人はかつて「セルタを背負ってくれるはず」の「約束された子供達」だと思われていた選手達です。
Jリーグでも近年その傾向が高まりつつありますが、地元出身の選手が地元のクラブでプレーし活躍する姿は一種特別な意味合いを持っています。
いわば「昔は小さかった近所の子供が立派になった」というような感覚でファンは我がことのようにそれら地元出身の選手の活躍を見守り、時に厳しい言葉を並べながらも基本的にはほぼ全幅の信頼と期待を注ぎ続けることになります。
近年のセルタで言えばその代表格の筆頭とも言えるのがFWイアゴ・アスパスとDFウーゴ・マージョの2名になるわけですが、ファンはその「弟達」であるデニス・スアレス、サンティ・ミナ、ラフィーニャ・アルカンターラ、パペ・シェイク・ディオプを忘れたことはありませんでした。
セルタの現会長であるカルロス・モウリーニョは就任以来ずっと「カンテラ主義の強化」をクラブ発展の基礎にすると公言しており、2019-2020シーズン開幕前の移籍市場ではその公言が果たされた形になったのでした。
モウリーニョ会長が掲げる「カンテラ主義」とは、
セルタのトップチームにおいて半数、もしくは7〜8割の選手がスタメンで出場する
という状態が常に継続することを指しており、事実シーズン序盤のスタメン11人の中にはGKルベン・ブランコ、DFウーゴ・マージョ、MFデニス・スアレス、FWラフィーニャ、サンティ・ミナ、イアゴ・アスパスと6名のカンテラ出身選手達が顔を並べています。
2019−2020シーズン開幕前の補強戦略は「帰還事業」と名付けられ、ファンもその計画と遂行を歓迎していたのは事実です。
常時出場ではありませんが他にもDFダビ・コスタス(レンタル移籍で離脱)やDFケビン・バスケス、MFパペ・シェイク、FWイケル・ロサーダなどのカンテラ出身選手が2019-2020シーズンのトップチーム出場を果たしており、その意味ではセルタのカンテラ主義は近年類を見ないほど強化されていたはずでした。
スポーツ紙MARCAによる指摘
スペイン現地時間2020年2月25日にスペイン最大のスポーツ紙MARCAは上記の記事を公開。
この記事でMARCAは「オスカル・ガルシア就任後、スタメンにおけるセルタのカンテラ出身選手は減少」と指摘しています。
オスカル・ガルシア・ジュンジェン監督の就任後、セルタの成績は上昇の兆しを見せているが、一方でカンテラ出身選手の出場機会は減少している。
最大で7名を数えたスタメン経験のあるカンテラ出身選手のうち、現在もコンスタントにスタメンに名を連ねているのはイアゴ・アスパス、ウーゴ・マージョ、ルベン・ブランコの3名が基本で、期待されていたデニス・スアレスは9試合スタメン出場がなく、サンティ・ミナはフョードル・スモロフの加入以降にスタメンの座を失った。
GKイバン・ビジャールはリーグ戦出場がゼロで、同じくGKのセルヒオ・アルバレスはリーグ戦出場がわずか2試合に留まっている。
パペ・シェイクは5試合連続でメンバーリストから外され、ダビ・コスタスは冬の移籍でアルメリーアへ去っている(買取オプション付きレンタル)。
MARCAの記事内容を要約すると上記になります。
記事原文中では単に事実だけを列挙した内容になっていますが、受け取りようによっては「これでいいのか」や「クラブが掲げている理想から離れていっているぞ」という指摘に見えなくもありません。
カンテラ出身選手の出場機会が減ることは「悪」なのか
スペインを例に取った場合、セルタに限らず多くのクラブでファンは「カンテラ出身選手が増えてほしい」と望む傾向があります。
その期待値の高さには各クラブによって温度差があり、例えばバルセローナの場合は「カンテラの、特にカタルーニャ出身選手」のトップチームにおける出場選手の割合についてファンがこだわる傾向が昔からありました。
解任されたエルネスト・バルベルデ監督の在任期間中にトップチームデビューしたカンテラ出身のカタルーニャ人選手の人数を過去と比較してその是非を問う議論がファン、メディアの間で巻き起こっていたこともありますし、クラブの首脳陣がその話題を気にしていることを匂わせる発言をした回数も少なくはありません。
では、この「カンテラ出身選手の数」が議論されること。その人数が減ることは「良くないこと」あるいは「悪」とも言えるようなものなのでしょうか?
端的に言ってしまえばこれは「時と場合による」という言葉で片付いてしまうものでもあるのですが、個人的には「カンテラ出身の出場選手が減少すること」が良くないことだとは言い切れないと思っています。
セルタの場合はたしかに目指すべき理念として
セルタのトップチームにおいて半数、もしくは7〜8割の選手がスタメンで出場する
ということをカルロス・モウリーニョ会長が掲げているわけですが、その理念が実現してもクラブの存続が理念によって危うくなるようでは本末転倒です。
ビジネスの世界ではときおり「サステナビリティ=持続可能性」という言葉が登場して、その提供を価値とする企業も存在しますが、サッカークラブにおいてもある意味で同じことが求められることは確かです。
サッカークラブのサステナビリティとは、クラブの存続と発展がそれにあたると僕は考えています。
その発展に際しては当然所属リーグのトップディビジョンでのプレーを継続し、大陸内の国際コンペティションに出場し好成績を残すことで放映権料やスポンサー収入などを増大させて良質な選手を多数獲得または育成することでチーム強化を図るというサイクルを作り上げることが必要です。
カンテラ出身選手の出場数というのはそのサイクルの「ある一つの要素」にしか過ぎませんが、一方でその一つの要素によってクラブにとって理想的なサイクルの確立が成し遂げられるとすれば、地元のファンにとっては誇らしい気持ちを持てる事実となるでしょう。
しかし闇雲にカンテラ出身選手の数だけを増やしてもチームの成績が上向くとは限りませんし、時にはその事自体が逆効果になる可能性も内包していると僕は考えています。
冬の移籍市場以降のセルタを見ていてその思いは僕の中でより強くなっているのですが、その理由として大きなものがコロンビア代表DFジェイソン・ムリージョ獲得時にクラブ首脳陣やオスカル・ガルシア監督が口にした「経験とリーダーシップの発揮を期待したい」という言葉を聞いたことでした。
FWイアゴ・アスパスは長年に渡ってセルタの攻撃を担い、リーダーシップを発揮できる選手ではありますが、2018−2019シーズンの後半戦を見ても分かる通りアスパスがいないことによるチームへの弊害も大きいことが明るみに出ました。
ウーゴ・マージョはセルタのキャプテンとして300試合以上の出場を誇りますが、ウーゴ・マージョ一人では2018−2019シーズン後半戦のチームを立て直すことは出来ていません。
デニス・スアレス、ラフィーニャ、サンティ・ミナの3人は同年代ということもあってとても仲がいいのですが、結果的に彼らも冬の移籍市場開始までにチームを立て直す役割を果たすことは出来なかったと言っていいでしょう。
ラフィーニャに関しては2020年になって以降は急速にピッチ内でのリーダーシップを発揮し始め、気迫のこもったプレーでファンの絶大な支持を集めつつありますが、デニス・スアレスとサンティ・ミナの2名に関してはラフィーニャほどの影響力を持てずにいます。
本来今シーズンの主力として獲得された3選手。カンテラ出身の彼ら3選手が揃っていても、チームの状態は特に改善させられなかったと言っても言い過ぎではないでしょう。
となると、「オスカル・ガルシア就任後にカンテラ出身者の出場が減少している」からと言って、それが悪影響を及ぼしていると解釈することは、間違ってはいなくても「正しい」とも言い切れません。
そしてなおかつ、そのことが「悪」であるとは言えないと僕は思うのです。
カンテラ出身者として実力を発揮し、リーダーシップを見せ始めているのが期限付き移籍による加入であるラフィーニャだというのがファンとしてはシーズン後が心配になる要素ではあるのですが、MARCAによる「オスカル・ガルシア就任後にカンテラ出身者の出場が減少している」は事実だとしても、むしろその中で生まれたラフィーニャの変化と成長はチームにとってプラスになっていると言い切ってもいいでしょう。
僕も含めてファンというのはクラブを見ているうちにどうしても視野が狭くなってしまうことがあるのは否めません。
カンテラ出身者の出場数などはその意味での議論における代表的なものだと思うのですが、ファンが最終的に求めるものは「クラブの存続と、そのシーズンにおける好成績」です。
カンテラ出身者の数も確かに注目すべきポイントの一つではありますが、決して本質ではないのだということは、僕達ファンはもっと自覚しておくべきことなのかもしれない。
MARCAの記事を読んだ後、僕はそんなことを思いました。