【レアル・マドリー】久保建英のカスティージャデビューとレンタル移籍の噂について。

La Liga情報

久保建英がカスティージャでデビュー

レアル・マドリーの日本代表FW久保建英が、選手登録されたレアル・マドリー・カスティージャで実戦デビューしています。

対戦相手はセグンダ・ディビシオンBのアルコルコン。試合そのものは3−0でカスティージャが勝利し、久保はスタメンで試合開始からプレーし70分にマルビンと交代でベンチに退きました。

久保と同様にトップチームのプレシーズンツアーに同行していたFWロドリゴ・ゴエスは39分に先制点を決めてラウール・ゴンサーレス監督へしっかりとアピール。

久保も右サイドMFとしてゲームの組み立てに参加し存在をアピールしています。

カスティージャはテネリフェ、クルトゥラル・レオネーサ、ブルゴスと3試合のプレシーズンマッチを残しており、「満足できるクオリティーを示してくれた」と自身を評価したラウールに対して、久保はアピールを続けることになります。

しかしその一方で、日本のメディアでも伝えられていますが気になるニュースも存在します。

久保がバジャドリーへレンタル移籍するとの噂

日本でも複数のメディアにより報じられていますが、スペインのテレビ局「MEGA」が放送するサッカー討論番組「El Chiringuito(エル・チリンギート)」内で、久保建英がバジャドリーへ1年間のレンタルで移籍するのではないかとの噂が語られました。

内容としては下記の通りです。

  • プリメーラ・ディビシオンの複数クラブが久保をレンタル移籍により獲得することに手を上げている。
  • 元ブラジル代表FWロナウドが会長を務めるバジャドリーが最も熱心にレアル・マドリーと交渉している。
  • レアル・マドリーはバジャドリーからの申し出に対して肯定的な結論を出す可能性がある。
  • ロナウドとフロレンティーノ・ペレスの良好な関係性を考えればあり得る話ではある。

かい摘んで言うとこのような内容です。

プリメーラの複数クラブが久保のレンタル獲得に興味を示しているというのは7月初旬にスペイン最大のスポーツ紙MARCAも報じていた内容で、この可能性自体は目新しいものではありません。

もともとレアル・マドリーが久保を獲得した際にもこの可能性についてはスペインの各メディアが報じていて、その内容の前提になっているのが「1年間はカスティージャでプレーさせ、様子を見てから2020−2021シーズンに向けたトップチーム合流を目指す」というレアル・マドリーの獲得方針でした。

スペイン各クラブのBチーム所属の選手は何年も同じチームでプレーすることがあまり無く、Bチームでアピールしながら他クラブへの完全移籍やレンタル移籍により上のカテゴリーでの経験を積み、一日でも早くトップカテゴリーでのプレー機会を得ようとするのが普通です。

レアル・マドリーが「1年間カスティージャでプレーさせる」という言葉を使っていたとしても、そこに「彼のことはレアル・マドリーとカスティージャが責任をもって1年間つきっきりで指導し、トップに引き上げます」という意味は全く含んでおらず、むしろスペインサッカー界の常識もしくは暗黙の了解として「Bチームでプレーする中でレンタルの申し出があれば出して、経験を積んで来て欲しい」という無意識の狙いが存在します。

当然この場合はレンタル先に選手の給与支払いなどを求めることになるため、レンタルで選手を出す側にしてみれば経費の節約にもなるわけです。

ですから「久保がレンタル移籍によって他クラブで1年間プレーする」という”話”自体は以前から可能性として存在していたものであり、今になって突然降って湧いたという種類の話でもないのです。

El Chiringuitoが話題にしたバジャドリーという名前は多少の目新しさはありますが、バジャドリーとレアル・マドリーは昔から選手の行き来がありクラブ間の関係性としては悪くありません。

El Chiringuitoの信頼性

では、肝心の「El Chiringuito」というテレビ番組自体の情報信頼性はどの程度のものなのでしょうか。

そもそも今回の「久保がレンタル移籍」という噂自体がチーム名も含めて突然出てきた話ではないという前提を元に考えてみましょう。

El Chiringuitoは2014年に民放局「La Sexta(ラ・セクスタ)」や「Antena3(アンテナ・トレス)」を保有するNITRO社が自社の保有する放送局で始めた番組です。2014年5月から「La Sexta」で本格的な放送をスタートし、司会者兼メインコメンテーターとしてジュセップ・ペドレロルを起用したことが話題にもなりました。

ジュセップ・ペドレロルは1965年生まれで今年54歳を迎えるバルセローナ生まれのカタルーニャ人ジャーナリストです。

1990年〜2004年まで、スペインの有料放送局CANAL+(カナル・プルス)において「El Dia Despues(エル・ディア・デスプエス)」というレビュー番組の司会者として活躍。

元サッカー選手のイングランド人ジャーナリスト、マイケル・ロビンソンとの軽妙なリズムの掛け合いと歯切れのいいコメントが人気を博していました。

その後2004年〜2008年まではラジオ局PUNTO RADIOでサッカー番組を担当。同時期に国営放送TVEでも2007年〜2008年の2年間「Club de FUTBOL」という番組を担当し、2008年〜2013年までは「Interecnomia」局でPunto Pelotaというサッカー番組に出演した後、2014年からEl Chiringuitoの司会者になり現在に至っています。

出演者は元サッカー選手や元主審、FIFA公認代理人やジャーナリストが多く、元レアル・マドリーのホセ・マリーア・グティエレス・エルナンデス・”グティ”や、同じく元レアル・マドリーのアルバロ・アルベロアなども複数回出演したことがあります。

この番組が報じる内容の信頼性を考える上で重要なのは、度々登場するのが大手スポーツ紙ASの迷物記者トマス・ロンセーロであることです。

スペインの2大スポーツ紙といえばマドリーに本社を置くMARCAとASであり、両紙とも比較的レアル・マドリー寄りの報道に偏っていることで知られています。

そのASで「レアル・マドリー番」のようなキャラ付けをされているロンセーロはクリスティアーノ・ロナウドの大ファンとしてスペインのサッカーファンの間で知られていて、ツイッターやASの公式サイトではリーグ戦、チャンピオンズリーグなどを観戦するロンセーロの反応だけをライブ配信する奇妙な動画が頻繁に流されていました。

これでロンセーロが仕入れてくる情報に特ダネや貴重な情報が多ければよかったのですが、度々感情的に自分の意見や希望的観測だけをまくし立て、人の話を全く聞かない様子をスペイン全土に見せつけるロンセーロのことを、スペインのサッカーファンは揶揄しながら楽しんでいるフシがあります。

時折ロンセーロ自身のツイッターで発信される情報にさほどの価値が見いだせないこともあり、ロンセーロのツイートには「これでジャーナリストとは笑わせる」だとか「アンタの仕事ってなんだっけ?w」などと言ったリプライが溢れることもしばしば。

それに加えて、El Chiringuitoの出演者達の様子が比較的バラエティー的なものが多く、例えばかつて国営放送TVEで放送されていたEstudio Estadioのような冷静な雰囲気ではなく、日本のお笑い番組的なノリで放送されていることがEl Chiringuitoの特徴であるとも言えます。

このように、El Chiringuitoはどちらかというと「サッカー情報番組」というよりは「サッカーを話題にしたお笑い番組」のようなノリで放送されているものであるため、僕個人としてはこの番組が発信元であるとするならば、久保がバジャドリーへレンタル移籍することが濃厚、という今回の噂に関してはやや懐疑的な見方をしているのが現状です。

とはいえ、移籍に関しては何が起こるかわかりませんし移籍マーケットはまだ開いています。

久保のバジャドリーへのレンタル移籍が「ありえないこと」だとまで言い切るつもりはありませんが、今の段階では「よくある真偽のわからない噂話その他大勢の一つ」という感覚で見聞きしているほうがいいのではないかと思います。

バジャドリー、そしてレアル・バジャドリーについて

もし本当に久保がバジャドリーでプレーすることになった時のために、念のためバジャドリーという町とレアル・バジャドリーというクラブについて簡単にご紹介しておきましょう。

バジャドリーの町

バジャドリー(Valladolid)はスペイン中部カスティージャ・イ・レオン州にあり、人口は約30万人。

夏は摂氏30度〜40度近くにまでなり、冬は零下〜マイナス7度前後まで下がる極端な気候が特徴です。真冬の特に12月〜2月にかけては古い集合住宅などで水道管が凍りついたり、朝方には窓が結露して開きにくくなるなどまさに「極寒」の様相を呈すこともあって、スペインではバジャドリーのことを「スペインの冷凍庫」と呼んだりする人もいます。

カスティージャ・イ・レオン州全体が「メセタ」と呼ばれる巨大な台地の上に位置しており、その中でも特にバジャドリー周辺が乾燥していることと、ドゥエロ河という大河が周辺を流れていることが影響し、スペインでも有数のワイン(赤ワイン)生産地としても有名です。

特にリベラ・デル・ドゥエロという原産地呼称を持つブランドを有し、バジャドリーの地元っ子(プセラーノと呼ばれます)はこのブランドに大変な誇りを持っています。

僕は一時期スペイン留学時代にバジャドリーで生活したことがありますが、初めてバジャドリーのバルでワインを頼もうとした時、同様にスペインのワインとして有名な「リオハ」を頼んだところ、3回か4回「もう一度頼んでみな」とバルのオヤジからいじめられ、最終的に気がついて「リベラを一杯」と頼んだらすぐ出てきたというエピソードがあるほど、彼らは自分達のワインに絶対の自信を持っています。

町自体はマドリーのミニチュア版のような作りになっていて、マドリーからバジャドリーに引っ越した人達が多く住む町でもありますし、マドリーからバスか電車で約3時間程度の距離にある「近所」であると言えるでしょう。

バジャドリーは南西へ100kmほど離れた学園都市サラマンカと並んでバル文化がとても豊かな町で、街中いたる所に趣のある良いバルがあるのですが、中でも最高だったのは旧市街中心部にある「パライーソ(天国)通り」でした。

200mほどある通りの両側はそのほとんどがバルで埋め尽くされており、昼夜問わずそれらのバルには人が溢れています。サラマンカやブルゴス、レオンと並ぶ大学都市としても有名なバジャドリーは市内の複数箇所に各学部のキャンパスが点在しており、パライーソ通りのバルは安くて美味しいバルが揃っているため、近隣キャンパスの学生が昼食を食べるところとしても定番のエリアでした。

観光名所としては中央公園にあたるカンポ・グランデやセルバンテスの家、コロンブス博物館やバジャドリー大聖堂が有名で、各種舞台やクラシックのコンサートが行われるカルデロン劇場もシーズンになると常に満員になる人気を博しています。

スペイン国鉄RENFEの駅を背に右斜前へ歩いていくと、コロンブスの銅像が建つプラサ・デ・コロンがあり、そこを背に正面へまっすぐ歩くとマドリーのプラサ・マジョールとほぼうり二つなバジャドリーのプラサ・マジョールに辿り着きます。

生活コストは比較的安価で、土日になると各広場で市場も開かれるため新鮮な野菜を始めとした生鮮食品も手に入りやすく、基本的にビーゴ同様どこへでも歩いていける「手のひらサイズ感」がとても快適な町です。

レアル・バジャドリーCF

バジャドリーを本拠とするプロサッカークラブがレアル・バジャドリー・クルブ・デ・フッボルです。

創立は1928年で、バジャドリーを本拠とするウニオン・デポルティーバ・デ・バジャドリーとクルブ・デポルティーボ・エスパニョールという2つのクラブが合併して生まれたのがレアル・バジャドリーでした。

プリメーラ・ディビシオンでの優勝経験は無く、最高順位は1962−1963シーズンの4位。1982年から1986年まで短期間だけ開催されたスペインリーグカップ「コパ・デ・ラ・リーガ」で優勝したことがありますが、恐らく当のプセラーノ達ですら覚えている人がいるかどうか怪しいタイトルです。

1999−2000シーズンの終盤には日本代表FW城彰二が約半年在籍し2ゴールを記録しましたが、契約延長には至らずシーズン終了後に日本へ帰国しています。

歴代所属の有名選手としては元レアル・マドリーのDFフェルナンド・イエロ、同GKセサル・サンチェス、元アルゼンチン代表DFガブリエル・エインセ、元スペイン代表MFエウセビオ・サクリスタン、元スペイン代表&アトレティコ・マドリーのMFホセ・ルイス・カミネーロ、元バレンシアのMFルベン・バラーハ、元コロンビア代表MFカルロス・バルデラーマ、元メキシコ代表FWクアウテモク・ブランコ、現スペイン代表FWジエゴ・コスタなどが挙げられます。

現在は2018年9月に発行済株式の51%(バジャドリーは株式会社化されています)を買い取った元ブラジル代表FWロナウドが会長を務めており、ロナウドは経営者として新たなステップを歩み始めたところです。

ちなみに2006年にバジャドリーの監督を務め、セグンダAでダントツの成績を残して昇格を成し遂げたのが、現在エイバルで日本代表MF乾貴士と共に戦うホセ・ルイス・メンディリバルでした。またこのメンディリバル時代の2008−2009シーズンに頭角を現しチームに貢献していたのがFWペドロ・レオンで、ペドロ・レオンも現在はエイバルでメンディリバル、乾とチームメイトになっています。

ホームスタジアムであるエスタディオ・ヌエボ・ホセ・ソリージャは旧市街西側を流れるビスエルガ河を渡った先にあり、RENFEの駅からタクシーで15分〜20分程度。

1982年のスペイン・ワールドカップに向けて建設されたスタジアムで、一次リーグの3試合がここで行われています。収容人員は約26,000人と中規模のスタジアムですが、西側のゴール裏にスタンドを増設すれば恐らく30,000人規模のスタジアムにはなるはずです。

極寒の冬場対策としてスタンドの屋根には電気ヒーターが設置されていますがあまり用を成しておらず、冬場の試合ではスタンドに毛布、ひざ掛け、マフラー、ニットキャップ、手袋などありとあらゆる防寒対策を講じたファンが詰めかけ、老若男女問わずモコモコになりながら観戦する様子を見ることができます。

中堅と弱小、どちらとも言い切れない微妙な雰囲気を持つクラブではありますが、いわゆる「弱者の戦術」を採用することは少なく、エウセビオやカミネーロのような選手をファンが好む傾向にあり、特に前線では小柄でテクニカルな選手が人気を博したことも多々あります。

1990年代後半から2000年代初頭にかけて活躍したFWビクトルはその代表格で、僕のバジャドリー在住時代には街中に彼がつけていた21番のユニフォームを着た少年達が溢れていました。

町も穏やかで人も気難しくなく、丁度いいサイズのクラブと町でもあるため、もし本当に久保がここでプレーすることになったとすると、活躍次第では愛される存在になれるのではないかと僕は思います。

スペイン語に問題がなければ良い選択肢の一つ

バジャドリーを中心としたカスティージャ・イ・レオン州はスペインの名門大学が名を連ねる地域でもあり、時に「カステジャーノ」とも呼ばれる共通スペイン語のルーツとも言える地域です。

そのためスペイン語の発音、文法、語彙に関してはカスティージャ・イ・レオン出身者に勝るものはいないとも言われており、事実ミゲル・セルバンテスや詩人ホセ・ソリージャなど、スペインを代表する文筆家がバジャドリーから生まれています(セルバンテスの出生地は正確にはマドリー近郊のアルカラ・デ・エナーレスですが)。

久保建英のスペイン語力は日常生活レベルを遥かに超えるレベルで、恐らく現在の監督であるセルヒオ・ゴンサーレスとも全く不自由無くコミュニケーションを取ることができるでしょうし、カタルーニャ人であるセルヒオとはカタルーニャ語での会話を通じて関係を深めることもできるのかもしれません。

そういった意味では、バジャドリーへのレンタル移籍というのは久保建英の経験と能力を考えれば決して非現実的な話とも言い切れないと僕は考えますし、将来のキャリアを考える上でも決して損な移籍ではなくむしろ良い選択肢のうちの一つになるのではないかという気がします。

まだまだ噂の域を出ない話ではあるだろうと僕は思っていますが、もし本当になるのだとしたら、それはそれで楽しみが増えるということを意味するのではないでしょうか。

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