乾がエイバルのオーストリア合宿に合流
現地時間7月25日、ベティスからエイバルに移籍し、2018年まで在籍した古巣に復帰した日本代表MF乾貴士は、チームが合宿を行っているオーストリアのコッセンに出発。
同日正午に現地へ到着し、クラブマネージャーのアントン・マルティネーナとともにチームへ合流しています。
チームが宿泊するホテルへ到着した乾は、エイバルとベティスの間で行われた移籍交渉をまとめ上げた技術セクレタリーのミケル・マルティーハに迎えられ、1年ぶりにエイバルのスタッフとチームメイトとして再会を果たしました。
7月18日からオーストリアでプレシーズン合宿を行っているエイバルは、現地でトルコのベシクタシュ、そしてドイツのヴェルダー・ブレーメンとプレシーズンマッチを行う予定になっています。
スペイン最大のスポーツ紙MARCAはこの2試合においてエイバルの指揮官ホセ・ルイス・メンディリバル・エチェベリーアが乾にある程度の時間を与えてプレーさせ、コンディションのチェックやチームへの適応度を図ることになるだろうと報じています。
乾にとってのエイバル復帰。そのメリットとは。
7月24日に公開した記事「【エイバル】日本代表MF乾貴士、霧雨けむるイプルーアへの帰還。」で、僕は乾がエイバルに復帰することの意味と、エイバルで乾を取り巻いていた状況について考察しました。
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という3つが、エイバルにおいて乾が評価を高めることの出来た大きな理由だと僕は考えています。
今回乾がエイバルに復帰することを決断し、再びイプルーアでプレーすることのメリットはどんなものなのでしょうか?
ホセ・ルイス・メンディリバル
まず第一に最も大きなメリットは、つい1年前まで乾を高く評価し使いこなしていたホセ・ルイス・メンディリバル監督のもとで再びプレーできることでしょう。
移籍は単に所属チームが変わることだけを意味するのではなく、新しい監督による新しい戦術や戦略に適応しなければならないということも意味しています。
その意味で言えば3年間一緒にプレーしたメンディリバルの考え方やゲームの組み立て方は乾もよくわかっているものであり、メンディリバルにとってもそれは同様です。
もちろんシーズンが変わり、所属選手が徐々に入れ替わっていく中で、これまでの3年間と全く同じチーム戦術であることはありません。細かいディフェンス面での決まりごとだったり、攻撃の際の動き出しやビルドアップの思考法などは日々変更されていくものなので、何も考えずにピッチに入ればいいということはありえないでしょう。
しかしサッカーの試合において試合中にプレーの最終判断をするのは常に選手個人個人です。
ゲームの組み立ては選手が判断を下す場面を迎えた時に、どれだけシンプルに判断を下せるようにするのかということを念頭において考えられていくべきであり、その過程においてチームの根幹を設定する監督の基本的な考え方がわかっていれば、組み立てと判断の双方に対して適応しやすいということは間違いありません。
乾にとってはすでに適応済みである「メンディリバルの考え方」がこの1年間でどう変化したのかを見定め、理解することがプレシーズンの課題になるはずだと個人的に考えていますが、新加入の選手よりもその点が圧倒的に短時間で済むであろうことはこれ以上ないメリットだと言えるでしょう。
慣れ親しんだチームメイトの存在
もう一つの大きなメリットは、エイバルの首脳陣(監督・コーチ含む)が変わっていないことと、FWペドロ・レオンを始めとする数人の選手はすでに乾と一緒にプレーしたことがあるという事実です。
完全に初対面のチームメイトと合流する場合はお互いのプレースタイルや考え方の癖などをゼロから理解する必要がありますが、少なくとも練習中に乾がそういった事柄を気にしなければならない場面はさほど多くはないでしょう。
1年前までともにプレーしていた仲間であれば、例えば乾の移籍後にエイバルに加入し右サイドで効果的なプレーを見せていたチリ人MFファビアン・オレジャーナに対して乾の動きの癖やスタイルなどを伝えて両サイドの相互理解を深める手助けができるはずです。
おそらくスペイン語の能力が完璧ではないと思われる乾にとって、自分のことを知っているチームメイトの存在は多方面に渡る助けになるはずですし、その存在そのものが代わるもののない大きなメリットだと僕は考えます。
ホームスタジアムへの帰還
スペインの各スタジアムには様々な特徴があり、細かいところでプレーに影響を及ぼすレベルの違いがあります。
例えばスペインでも有名な話ですが、現在はセグンダ・ディビシオンAでプレーするヌマンシアのホームスタジアム「ロス・パハリートス」はピッチのサイズが101m×68mしかなく、一般的なピッチサイズである110m×75mと比較して縦横それぞれ約10mずつ小さくなっています。
ヌマンシアがプリメーラ・ディビシオンでプレーした際、印象的だったのは当時エクトル・クーペルが指揮し、クラウディオ・”ピオホ”・ロペスを最大限に活かしたカウンターで猛威を奮ったバレンシアが、しばらくピオホのロングランを活かせずにイライラしながらプレーしていたシーンです。
中盤でガイスカ・メンディエータがボールを持ち、ピオホが動き出しても、縦に9m短いロス・パハリートスのピッチサイズに慣れない彼らはパスの距離感がうまくつかめず、カウンターが機能しない場面が多々ありました。
スタジアムごとに芝の長さや水のまき方が異なるのもスペインではよくあることであり、「ホーム」スタジアムというぐらいなので地元の選手が最もプレーしやすいように手入れされたピッチのコンディションが、アウェーチームにとっては厄介な環境になることは少なくありません。
こういった細かい環境の違いに対して、改めて適応し直す必要が乾にはなく、2週間に1度のプレーを3年間続けた同じスタジアムでプレーすることができるというのは、乾にとって余計なことを考えずにプレーに集中できる理想的な環境だと言えるのではないでしょうか。
失った1年間とこれからの3年間
乾とエイバルの契約は3年間となっており、現在31歳の乾は契約を満了する際に34歳を迎えることになります。
34歳となれば一般的なサッカー選手としては引退の二文字がちらつく年齢であり、つまり今回の契約が乾にとってサッカー選手として最後のプロ契約になる可能性も考えられるということになります。
今回のエイバル移籍は上記の意味合いからも非常に重要なものであり、おそらく乾本人も熟考を重ねた上での契約だったことは容易に想像できます。
ヨーロッパカップ戦への出場と活躍、リーグ戦での上位争い、ビッグクラブでの栄光を賭けた試合といった、サッカー選手として夢見るキャリアをエイバルで手にすることは現実的に難しいでしょう。
しかしセルタに復帰したサンティ・ミナが口にしていたように「慣れ親しんだ場所でプレーし、サッカー選手であると実感できること」はプロのサッカー選手としてはチームが大きな大会でプレーすることと同じくらい重要なものであることに疑いの余地はありません。
恐らく乾は「サッカーをプレーしないサッカー選手」ではなく、「プレーする喜びを感じられるサッカー選手」であることを選択したのではないかと僕は勝手に想像しています。
そしてこれからの3年間で、自分自身の望む姿のサッカー選手でいられることを乾が実現できることを、僕は願って止みません。