【観戦記】青と黄色のチョコレート箱(1)

La Liga情報

2012年11月23日:アルゼンチン共和国 首都ブエノスアイレス

「まぁ〜た来やがったよ、このサッカーキチガイの日本人めがwww」

2012年当時、ある日本企業でサラリーマンをしていた僕は、仕事の取引相手であるその社長の会社を何度か訪れているうちに彼の会社がサッカー関係の仕事も請けていることを知ることになりました。

取引相手といっても相手はアルゼンチンの企業。

社長はアルゼンチン人で生まれも育ちもブエノスアイレス。

バリバリのアルゼンチン訛りを隠そうとは(もちろん)せず、反対に僕のスペイン訛りをバカにしてくる始末。

その社長。メキシコ代表のFWと同姓同名の名前を持つ、ハビエル・エルナンデス社長はニヤニヤと笑いながらアルゼンチンBBQの店で僕を出迎えてくれました。

前回のブエノスアイレス訪問はこの前月の2012年10月。

その時に彼の会社がボカとリーベルの仕事を一部請けていることを知り、社内を舐めるように見回している僕を見て、ハビエル社長は何かを察したのか「お前、サッカー好きなのか」と聞いてきました。

初めて見たワールドカップが1986年のメキシコ大会で…と言い始めると「5人抜きか!?マラドーナの5人抜きを見たんだな???」と僕の話を遮りマシンガンのように彼は語り始めたのです。

僕の脳裏に今でも焼き付いて離れない、アステカ・スタジアムのセンターサークルに落ちるあの独特の影。

そこからゴールへ向かって一直線にドリブルをするマラドーナと、実況の「マラドーナ」連呼。

スペイン語の世界ではあまりにも有名な当時のスペイン語実況の一部を冗談めかして僕が口にすると、ハビエル社長は一言一句間違えること無く恍惚とした表情で実況のすべてを諳んじました。

「Ahí la tiene Maradona, Le marcan dos,

Pisa la pelota Maradona,

Arracanca por la derecha el genio del fútbol mundial .

Puede tocar para … Burruchaga, siempre Maradona ..!

Genio ! genio !! genio !!!

TÁ , TÁ ,TÁ ,TÁ , TÁAAAA!!!!!

Goooooooooool !!!!!

Goooooooooooooooool !!!!!!!!

QUIERO LLORARRRRR !!!!!!

Dios santooooo !!! Viva el fútbol !!!!

Golaaaaaazooooo !!! Diegooooool !!!!

Maradonaaaaa…! Es para llorar perdónameeeee !!!!

Maradona en recorrida memorableeee !!!

En la jugada de todos los tiempooooossss !!!

Barrilete cosmico !!

¿De qué planeta vinisteeeee?

¿Para dejar en el camino a tanto Inglés?

Para que el país sea un puño apretado gritando por Argentina !!

ARGENTINA 2 ! INGRATERRA 0 !!

DIEGOL !!

DIEGOL !!!!

DIEGO ARMANDO MARADONA !!

Gracias Dios ! Por el fútbol ! Por Maradona !!

por estas lágrimas…

por este…

Argentina 2…

Ingraterra…. 0 ….」

これは1986年ワールドカップのアルゼンチン対イングランド戦を実況したビクトル・ウーゴ・モラーレスというアナウンサーが残した伝説的な実況で、南米ではたいてい誰もがこの実況を聞いたことがあり、「世代」に当てはまるサッカーファンはこの実況を諳んじて言えることがあります。

86年のイングランド戦はフォークランド紛争後のアルゼンチン人達にとっては「マルビナス諸島の仇討ち」的な意味合いもあったでしょうし、それを差っ引いてもマラドーナの5人抜きという世紀のゴールが生まれた試合でもあり、当然のことながら思い入れの強い試合であることは間違いありません。

想像の域では「きっとそうに違いない」と思ってはいたものの、実際にアルゼンチンに来てみてアルゼンチン人達と話してみると、僕と同じかそれ以上の世代にとっては僕が考えていた以上にあの試合とあのゴールは特別なもののようでした。

モラーレス実況を僕に披露しながら「どうだ」と言わんばかりの嬉々とした顔を見せたハビエル社長は、僕に「せっかくだからボカとリーベルの試合を観に行ったらどうだ」と持ちかけてきました。

10月と11月に2週間ずつのブエノスアイレス滞在が決まった段階で僕は既に試合の日程を調査済みで、10月にはエル・モヌメンタルでリーベル対ゴドイ・クルス。11月にはボンボネーラでボカ対ラシンの試合が行われることは把握済みでしたが、チケットが手に入るかどうかだけが問題でした。

リーベルはこの年のシーズンに2部から再度昇格したばかり。マティアス・アルメイダを監督に据えて再建を果たそうとしている真っ最中でしたし、ボカはボカでもともとボンボネーラの試合はなかなかチケットが手に入らないとも聞いていました。

そんな話をしてみると、ハビエル社長は「ボカは無理だがリーベルならなんとかしてやる」と10月にはリーベルの試合チケットを工面してくれたのでした。

再会したハビエル社長に「やっぱりボカの試合は難しいんですかね?」と尋ねてみると、彼は悲しそうな顔をしながら「お前がまた来ると聞いたからボカの担当者に聞いてみたんだ。だが、相手がラシンだろう。さすがに無理だと言われたよ」と首を振りながら手を大仰に動かすいかにもアルゼンチン人ぽい動きで僕に説明してくれました。

既視感に溢れた禅問答@スペイン語

早い話が「ボカ対ラシンのような人気カードの場合は付き合いのある会社でもおいそれとタダでは配れない」ということだったらしいのですが、それでもハビエル社長はなんとかボカの担当者に食い下がってくれたようでした。

しかし、こちらとしてもハビエル社長は取引先の社長。

いくらお互いにサッカー好きで話が合うとはいってもさすがに無理は言えません。

「ハビエル、いいですよ。ボカの試合が見れないかもしれないことも可能性としてはあると思っていましたし、前回リーベルのチケットを手配してくれただけで嬉しいです」

と僕はハビエル社長に伝え、「そうか、残念だな。次は必ずボカのチケットも手配してやる」と社交辞令かもしれないとはいえ約束をしてくれた彼に、僕は何となくな雰囲気を出しつつ、しかし明確な意図を持って質問を続けました。

「それに、ボンボネーラの周辺に行けば、”ある程度の人達”がいるもんなんでしょう?」

まさか日本人が真顔でスペイン語を使いながらこんなことを聞いてくるとは彼も想像していなかったのでしょう。

一瞬口をあけてポカーンとするハビエル社長は、同行していた代理店のビクトルとマテオの顔を見て、次の瞬間ゲラゲラと腹を抱えて笑い出しました。

「こいつは傑作だwwwお前らがこいつが来るたびにやたらと必死に仕事をする理由がわかったよwwwこんなのが日本から来たんじゃサボりたくてもサボれるわけないなwww」

苦笑するビクトルとマテオを横目に見ながら、ハビエル社長は僕の方に向き直ってニヤつきながら答えます。

「そうだなw”ある種の連中”は前日にボンボネーラにでも行けば3人や4人は見つかるだろう。そこから先はお前さんの口次第だ。まあ、それだけ減らず口が叩けるなら問題なかろうw」

僕がハビエル社長に尋ねたのは「どうせスタジアム周りにはレベンタ=転売屋がいるんだろ?」ということでした。

直接的にレベンタという言葉を使わなかったのは、もし何かあったときにハビエル社長が「ボンボネーラにいけばレベンタから買える」などと僕に教えた事実を形として残さないためだったわけですが、彼はその意図も含めて僕の言いたいことをわかってくれていたようです。

ところで、先ほど名前を出した「ビクトル」については下記の記事

【アルゼンチン】ビクトルとラシン。あるいはラシンとビクトル。」で紹介しているのですが、彼は根っからのラシンファンです。

【アルゼンチン】ビクトルとラシン。あるいはラシンとビクトル。
アルゼンチンに出入りしてた頃の話です。ビクトルというラシンのファンが語るその様子に、僕はある種のシンパシーを感じてしまいました。ビクトルが語った内容をご紹介します。

僕はビクトルに週末の試合に行くのかと尋ねたのですが、彼は相変わらず眉一つ動かさずに「行くのか、という質問を俺にすること事態がナンセンスだ。ラシンあるところにビクトルあり、ってことさ」とだけ答えてそれ以上を語ろうとはしませんでした。

ちなみにビクトルいわく「ラシンの試合のためならレベンタでもなんでも探してやるが、ボカのこととなると勝手がわからん」とのことで、ボンボネーラ周辺のレベンタ情報については彼も知らないようでした。

正直言って、僕自身もレベンタを使うこと自体が2001年にサンティアゴ・ベルナベウで見たエル・クラシコ以来でしたから特に何か確信や自信があったわけではありませんでした。

【体験記】春寒の午後9時、ベルナベウで【まとめ】
エル・クラシコ観戦記「春寒の午後9時、ベルナベウで」の一気読み用まとめ記事です。

しかし、せっかくアルゼンチンまで来てブエノスアイレスにおり、リーベルの試合を見ることができた後とあってはせっかくならボンボネーラにも行ってみたいと思う気持ちはサッカーファンならわかってもらえるのではないでしょうか。

「とりあえずは前日あたりに一度ボンボネーラに行ってみますよ。”何があるかは誰にもわかりませんし”ね」

僕がハビエル社長に言うと、彼はうなずきながら

「そうだな。”どこで誰が誰と出会うか”なんて誰にも予測がつかんことだ。こういう考え方をするのが”ゼン”だったか?」

と言うのですが、「禅とはなにか」などという高尚なことは僕にはさっぱりわかりませんし学んだこともないので答えることが難しいと思ったため、

「禅が何かというのはともかくとして、そういう考え方自体は嫌いじゃないですね、僕はw」

と答えました。

するとハビエル社長は

「聞いていた”ゼン”の考え方に似てるなwやはりお前さんは日本人のようだw」

と面白そうに笑っていました。

よくある誤解として、「日本人は全員、禅を理解している」とかそういう類のものがあるのですが、面倒な相手の場合はそこで「違う」と答えても「そうだ」と答えても不毛で非生産的且つ無意味な論議になることが多々あります。

このハビエル社長のように「そういうものもある」「そうでないものもある」とさらりと受け流したりしてくれる人の場合は話していても楽しいわけですが、とにかくスペイン語圏の人間は議論を長く行えることが頭の良さだと勘違いしている人間も多くいるため、日本人としては彼らと話す際にある程度注意が必要なことがあります。

幸いハビエル社長はそうではないタイプの「まともな人」なので助かったわけですが、たしかにこの日のハビエル社長との会話を思い出してみると「禅問答」と言えなくもない種類の会話だったのかもしれません。

スペインに住み始めてから初めてレベンタを使った時にも同じような会話をしたことはありましたが、当然その頃はこの2012年当時よりも遥かにレベルが劣るスペイン語だったわけで、そう考えると僕が初めてスペインにたどり着いた1999年からの13年という時間は僕のスペイン語のレベルアップにある程度の経験値を与えてくれることにはなっていたのかもしれません。

2012年11月24日:「チョコレート箱」へ

翌11月24日。

僕は宿泊先のホテルで朝食をとり、しばしのんびりとしてから出かけることにしました。

行き先はサッカーファンならほとんどの人が知っているであろう通称「チョコレート箱」という意味のスタジアム、ラ・ボンボネーラ。

言わずとしれたアルゼンチンの雄ボカ・ジュニオルスのホームスタジアムです。

アルゼンチンとウルグアイを隔てる格好で流れるラ・プラタ河の河口に位置し、ウルグアイの首都モンテビデオの対岸に位置するような場所にあるこのスタジアムは正式名称が「エスタディオ・アルベルト・J・アルマンド」ではあるものの、「ラ・ボンボネーラ=チョコレート箱」という通称で世界に広く知られています。

ラ・プラタ河に流れ込む支流であるマタンサ河を挟んだ対岸の「隣町」であるアベジャネーダをホームとするラシン・クルブ・デ・アベジャネーダとボカは、同じアベジャネーダにあるクルブ・アトレティコ・インデペンディエンテを交えた三つ巴のライバル関係にもあります。

上記の3クラブにリーベル・プレート、サン・ロレンソを加えた5クラブがアルゼンチンにおける「ビッグ5」とも呼べる人気クラブで、事実この5クラブからは各年代、各世代のアルゼンチン代表選手達が生まれてきました。

この前月である2012年10月のアルゼンチン訪問でも、幸運なことに僕はリーベルのホームスタジアムであるエル・モヌメンタルでリーベル対ゴドイ・クルスの試合を見ることができたのですが、ボカ対ラシンという試合のほうが個人的には魅力的な組み合わせだったことは否定できません。

そしてエル・モヌメンタルでの観戦ができ、目の前にボンボネーラでの観戦が実現できる可能性があるなら、サッカーファンとしてその可能性を追い求めることは自然なことだと僕には思えたのです。

とはいえ、アルゼンチン最大の全国紙「Clarin」によるとこのボカ対ラシン戦はソシオ向けの販売が大多数を占めており一般販売枠はごく少数。試合前日のソシオ向け優先販売の状況次第では一般販売を行わない可能性もあると伝えられていました。

となるとそもそも一般販売枠を購入できる可能性が非常に少ないことはわかっていたわけですが、それでも僕がボンボネーラに向かったのには一つの理由と一縷の望みがあるだろうと考えていたからです。

そして僕はある人物と話したことで、それが現実的な考えだったことを知ることになるのでした。

第2話はこちら

https://chemalog.jp/labombonera2

つづく

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