【セルタ】アスパスが「帰還事業」における実質的な舵取り役だと判明。

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セルタが進める「Operación Retorno=帰還事業」とは?

2019−2020シーズンに向けてセルタ・デ・ビーゴは例年にないほど早めに、移籍を含めたチーム構築の準備を始めていました。

新規獲得のターゲットとなった選手はバルサのデニス・スアレスやバレンシアのサンティ・ミナといった、かつてセルタの下部組織、俗に「カンテラ」と呼ばれる育成部門出身の選手達が中心。

当初は噂の域を出なかったデニス・スアレスの移籍は、2018−2019シーズンの終わりが近づくにつれて現実味を帯びた話として語られるようになり、2018−2019シーズンが正式に終了となる6月30日に、デニス・スアレスは正式にセルタに復帰することが発表されたのです。

サンティ・ミナの移籍はまだ正式に決定はしていないものの、ミナ本人とセルタとの間では個人合意が成されており、あとはセルタとバレンシア、そしてマキシ・ゴメス側の動きを待つばかりだとも言われています。

場合によってはマキシ・ゴメスの移籍と関係なく、ミナの移籍が独立した交渉として進められる条件合意も成されているという報道もあるため、もしかしたら近日中にミナの移籍も発表されることになるのかもしれません。

デニス・スアレスもサンティ・ミナも、これまで所属したクラブでは主力もしくは準主力としてプレーしてきた選手であり、セルタにとっては間違いなく主力として計算できるレベルの選手です。

このカンテラ出身選手2名の再獲得に向けた動きはいつしか「Operación Retorno=帰還事業」と呼ばれるようになり、カルロス・モウリーニョ会長が就任してからずっと口にしてきた「カンテラ出身のガリシア人選手を一人でも多くトップチームでプレーさせる」という目標を体現する計画として知られるようになりました。

「帰還事業」推進のきっかけとなったイアゴ・アスパスの契約更新

結果としてデニス・スアレスの「復帰」という形で目指す選手の1人を獲得することができたセルタですが、バルサは昨シーズンからデニス・スアレスをイングランドのアーセナルにレンタルさせており、場合によっては2019−2020シーズンのバックアップ兼主力候補の1人として考えていたはずです。

デニス・スアレスはまだ25歳と若く、例えば今後セルジオ・ブスケッツが引退を視野に入れ始めた場合にはブスケッツの代役、もしくは役割を昇華させた形での主力としてプレーできる才能と可能性を持った選手です。

そのような才気あふれる選手をキャリア全盛期とも言える年齢でセルタが獲得できた背景にはイアゴ・アスパスがいたのだ、とビーゴの地元紙FARO DE VIGOが報じています。

アスパスは2023年まで契約を更新

イアゴ・アスパスは2019年4月に2023年までの契約更新を行ったばかりですが、シーズン中は中国からのメガオファーを受け取っていたと言われています。

セルタに留まるか中国移籍かで揺れるアスパスを2023年までという契約締結に踏み切らせたのは、アスパス自身のゴールで降格圏を脱した日、土砂降りの中バライードスのスタンドで涙と笑顔を混じらせながらクラブとアスパスの名を呼ぶ1人の少年の姿がテレビで特集されたのを目にしたことだったといいます。

僕もその場面を映像で見ましたが、1人のセルタファンとして見るあの少年の姿は本当に感動的なものでした。

2023年はセルタ・デ・ビーゴのクラブ創立100周年であると同時に、アスパス自身は34歳を迎えます。

サッカー選手、それもFWの選手として34歳はまさにキャリア終盤。

つまりこの契約更新はよほどのことがない限り、アスパスがセルタで引退することを意味するものになっているのです。

その決意と同時に、クラブ側はアスパスに対して様々なオファーを出したと言われています。

自身もセルタの選手としてプレーし、現在はセルタの職員として勤務する実兄のジョナタン・アスパスは、

イアゴはセルタで引退することになるだろうし、実際に彼もそれを望んでいる。

我々兄弟の中には”セルティスモ”が根付いているし、クラブとしては引退後のイアゴにスポーツディレクターになってほしいと考えているし、本人もそういう希望を持っている。

と発言。何ごともなければイアゴ・アスパスの引退後は「アスパス兄弟体制」のセルタが見られることになりそうです。

クラブがアスパスに求めたもの

セルタに骨を埋めることがほぼ決まったアスパスに対してセルタはクラブとして考える今後の計画を説明。その1つがカルロス・モウリーニョ曰く、「経済的な問題のために断腸の思いで放出した」カンテラ出身選手達の買い戻しでした。

モウリーニョはアスパスが現在トップチームでプレーするカンテラ出身選手では最年長クラスであること、この10年間でセルタから巣立っていったカンテラ出身選手のほぼ全員と面識・交流があることを理由に、「口説き役」としての役割を依頼しました。

相手先クラブとの交渉はゼネラルディレクターのアントニオ・チャベス、ファイナンシャルディレクターのマリーア・ホセ・エルボン(”ホセ”とついていますが、女性です)、そしてスポーツディレクターのフェリペ・ミニャンブレスが担当し、ターゲットとするデニス・スアレス、サンティ・ミナの2名にはアスパスが個人的に直接連絡して口説き落とすという複数ルートからの交渉作戦を展開したのです。

アスパスは同じくカンテラ出身で数年来チームキャプテンを務めるウーゴ・マージョやセルヒオ・アルバレスと共に連絡頻度や話す内容を打ち合わせし、その内容に基づいて自らデニス・スアレスとサンティ・ミナに電話、メッセージなどでセルタへの復帰を現実的に考えるよう口説き続けました。

実兄ジョナタンの言葉通り、将来的にセルタのスポーツディレクターとして活動する第1段階のような役回りをしていたことになるわけです。

すでに実績のある「アスパスSD」としての仕事

実はアスパスが選手の獲得に一躍を担ったことはこれが初めてではなく、元チリ代表MFファビアン・オレジャーナがレンタル元のグラナダからセルタに完全移籍することになったきっかけもアスパスの熱烈な誘いがあったからだと言われています。

セルタが最後にセグンダAからプリメーラへ昇格したシーズン、オレジャーナは所属元のグラナダからレンタルでセルタに加入しており、前年にプリメーラ昇格を遂げたグラナダ、そして翌年のセルタと「2年連続で昇格を経験した」珍しい選手でした。

抜群のコンビネーションでプリメーラ昇格の立役者となったアスパスとオレジャーナだったため、アスパスはプリメーラで戦っていく上でオレジャーナは必要不可欠な戦力だと判断。自らの意思でオレジャーナにセルタへ残留するよう働きかけ、最終的にオレジャーナはグラナダからセルタへ完全移籍で加入することになりました。

今回のデニス・スアレスの移籍に関しても相当な熱意でアスパスからのアプローチがあったようで、デニス・スアレス自身もセルタの公式YouTubeチャンネルにアップされたインタビュー動画で、

ここ1ヶ月以上の間、イアゴからの電話やメッセージの着信が鳴り止まず、寝ても覚めても彼の声が頭の中に残っていましたよ(笑)

もちろん彼のことは昔からよく知っていますし、ウーゴ(マージョ)やセルヒオ(アルバレス)、ダビ(コスタス)もルベン(ブランコ)も友人であり家族のようなものです。

つまりこのクラブは僕にとって”家”と同じようなものなんですよ(笑)

と語っています。

ガリシア人の地元愛とは?

スペイン人は元々地元への帰属意識が非常に高いことで有名ですが、中でも僕の経験上ガリシア人は特に地元愛の強い人達の筆頭と言えます。

例えばアパレルブランドのZARA(サラ)を保有するインディテクス社はアルテイショ(ア・コルーニャ県)を本社とする企業で、現在でも本社はガリシアにあります。

過去に何度もマドリーやバルセローナといった商業的に発達した大都市への移転を持ちかけられたことがあったものの、創業者のアマンシオ・オルテガとロサリア・メーラは、メーラがガリシア出身であることから頑なに本社の移転を拒んできました。

ガリシア人にとって「ガリシア」という土地はそれだけ愛着深いものであり、出身地はガリシア人にとって「いつかそこへ帰る場所」として常に心の中にある存在だと言われています。

ビーゴ近郊のモアーニャ出身であるアスパスがセルタに骨を埋めることを決心し、その決心のもとで同じビーゴ近郊のサルセーダ・デ・カセーラス出身のデニス・スアレスを口説くということは、他の部外者の介在を許さない「ガリシア人同士の会話」であったことは間違いないでしょう。

細かい会話の内容は明かされていませんが、ガリシア人としてガリシアのチームであるセルタ・デ・ビーゴにおける象徴的な存在となっているアスパスが、自身の出身クラブでもセルタへの復帰を持ちかけてくる。

このことがデニス・スアレスにとってどれほど誇らしいことだったのかは、インタビュー動画中に見せるデニス・スアレスの笑顔を見れば言われなくても理解することができます。

サンティ・ミナがトップチームに正式合流する際にトップチームでプレーしていたアスパスはミナにとって当時の憧れの存在であり、アスパスはミナに対してもSNSなども駆使して「君を皆で待っているよ」とメッセージを送り続けています。

ミナ本人がこのラブコールに応えてセルタ復帰を決意し、バレンシアがその意思を尊重する形でセルタと交渉しているのは、その裏にアスパス達現セルタ所属のカンテラ出身組全員による呼びかけが影響しているのは間違いありません。

イアゴ・アスパス「スポーツディレクター」が現れる未来

恐らく「スポーツディレクター」イアゴ・アスパスはけっこう有能な存在になっていくでしょう。

例えば10年後や20年後、セルタの新加入選手獲得のプレセンタシオンにおいてジョナタン・アスパスGMイアゴ・アスパスSDが並んで立つ日が来るのだとしたら、セルタファンとしてこれほど嬉しく誇らしいことはないと僕は勝手に夢を見ています。

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